NLCP*ブック

□強引な男
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彼は珍しく、一人で的に向かっていた。
班での鍛錬の筈なのだが、里の郊外にあるその訓練場には、彼の他に誰もいなかった。
隊長である遅刻魔のカカシは例の如く――であり、サイは――とそこまで考え、まあ彼は偶に暗部に招集されることもあるから、今日は来ないかもしれないと見当をつける。
的に刺さったままのクナイをそのままに、盛大に溜め息を吐くと、くるりと後ろを向く。
いつもの得意な影分身を用いての鍛錬をしないのは、もう既にその手のものは、やり尽くしてしまったからだ。
時間が売るほどある。
一人の修行が、こんなに詰まらないとは。
ナルトは完全に的に背を向け、頭の後ろに手を持っていって組むと、一人きりの鍛錬をついに断念した。
唯一確実に戻って来ると思われる、先程この場を離れた班の紅一点の帰りを待ち侘びていると、ふとぼうっと眺めていた訓練場の隅に、人が立っているのに気付く。
特徴的な白い忍装束に、長い黒髪、それだけで、遠目でもそれが誰だか容易に分かったナルトだったが、その場にいるのに些か相応しくない人物だけに、目を凝らして良く確認する。

「ん……アレってば、ネジか……? おーい、何だってば、お前。こんな所に……」

目を凝らしても、やはりそれはネジだった。
他班の彼が、何故7班の鍛練に足を運ぶのか、暇を持て余したナルトは、直接聞こうと彼を呼び、手を振る。
だがナルトの問い掛けを受けたネジは、キョロキョロと辺りを見回すだけで、中々その薄くラベンダー掛かった双眸をナルトには遣らなかった。

「……サクラはどこだ?ここにいると聞いたのだが」

未だ探索する目の動きを止めず、閑散とした訓練場を見渡すネジは、しかし目当ての人物が見つからず、漸くその視線をナルトに固定する。

「へ……? サクラちゃんなら、さっき綱手のバアチャンに呼ばれてったけど……。何だよ、サクラちゃんに用なのか?」

その口から出てきた意外な人物の名に、ナルトは少々不思議に思いながらも言葉を返すが、ネジはまたもそれを無視し、一人呟く。

「……なら、仕方ないな。ここで待たせてもらう」

気難しい顔で訓練場の隅に佇まれ、ナルトは幾らか気が滅入った。
え、と思わず漏らすと、顔を向けたネジに無言の眼差しで射抜かれたので、さっと目を逸らし、的に刺さったクナイを回収しに行く。
だがそのまま数歩と歩かない内に、ネジから声が掛かる。

「……おい、いつ頃戻ると言っていた?」
「ん? さあな……そのうち帰って来るんじゃねーの?」

足を止められたナルトは、振り向いてそう答えるも、ネジの質問からは解放されなかった。
何やら組んだ腕の上で指先を神経質にトントンと動かす彼は、急いた様子だった。

「それでは困るな……そのうち、とは、正確に言うと、どの位の時間のことだ? サクラは、今からどれ位前にここを離れた? その火影様の用事というのは、長引くとは言っていなかったか?」
「し、知らねえってばよ、そんなの。大体お前、サクラちゃんに一体何の用があるって言うんだよ」

立て続けに細かいことを尋ねられ、ナルトはあからさまに顔を顰めた。
それに、人に思ったことを聞いておいて、そのくせ自分は問い掛けに答えないというのも、癪に障った。
此方だって、サクラに早く戻って来て欲しい気持ちは変わらないのだ、しかしわざわざ人から聞いてサクラの元を尋ねて来たらしいネジに、ナルトは素朴な疑問が浮かぶ。

「それはサクラに話すことであって、今ここでお前に話しても仕様がないことだ。それで? サクラはお前に何と言っていた?」

ネジはある意味、その疑問に答えたが、それを受けたナルトは、ついに我慢の限界を超えた。

「だあ〜ッ、もう! サクラサクラ、うるせえんだってばよ、さっきからぁ! てゆーか、気安く呼びすぎ!お前、ちょっとなれなれしいってばよ」

ビシッと指を差し声を上げたナルトは、その品のない声に不快そうにピクリと眉を動かした、氷の様に冷たいネジの眼差しを受ける。

「……お前こそ、サクラの何なんだ?たかが同じ班に所属しているというだけのお前に、人の個人的な事をとやかく言われる筋合いはない」
「なっ、何だとコラぁ!?」

憤慨するナルトと対照的に、落ち着いて処理しようとするネジに、益々カチンと来る。
確かにサクラは、同じ班に属しているというだけで、彼女がナルトのものという訳ではなかったのだが、何かこの冷酷な男に横から掻っ攫われそうな気がし、拳を作りその距離を詰めていく。

「ど……どうしたの? 二人共……」

その時、火花をバチバチと散らす男二人へと、待ち望んでいた紅一点の帰りを知らせる声が耳に届く。
顔を綻ばせたナルトが、サクラちゃん、と言い、だが言い終わる前に、それに被せてサクラ、と横の男が弾んだ声を出し、ナルトは呆気に取られる。
加えてサクラも、訝しげな顔でじっとネジに視線を注いでいる。

「ネジさん…?どうして7班の訓練場に……?」

腕組みを解き、サクラに向き合って立つネジは、実に嬉しそうに目元を緩める。

「いや、サクラ、お前を待っていた。これを渡そうと思ってな」

そう言ってネジが懐から取り出したのは、使い込まれた小さな用語辞典だった。
それを見て、あ、と声を漏らしネジを見上げるサクラは、しかし直ぐには受け取ろうとはしなかった。

「アカデミーの受付の近くに、落ちていたそうだ。ないと困るだろう?」

いつまでも宙に浮いたままの本に、ネジはすっとそれを目の前に差し出すと、やっとサクラは両手を出して受け取る。

「そ、それはそうですけど……で、でもあの……もしかして、これだけのために……?」

それは確かにサクラの所有物だった様だが、彼女はわざわざ、ネジがそのために足を運んで来たのかと、戸惑っている様だった。
それに何か意味ありげに微笑を浮かべたネジは、ついにナルトから、可憐な紅一点を奪うべく、仕掛けた。

「無論、それだけではない。…お前を昼餉に誘いに来た」
「え?」

お昼? ときょとりとして首を傾けるサクラに、只の食事会ではないのだということを、暗にネジは告げる。

「オレの行きつけの蕎麦屋なんだが……一緒にどうだ? ここから然程離れていないし……実は既に、席も予約してある」
「えっ!?」

そこで漸く、急いていた様子のネジにナルトは合点が行く。
しかし、それに口を挟む間もなく、驚きの声を上げたサクラもそのままに話は進む。

「二人で行くと言ってあるのに……まさかオレ一人、寂しく行かせるつもりか? ……まあ、お前が良ければの話なのだが」

どうだ? と顔を傾け問い掛けるネジは、ラベンダー掛かった美麗な双眸を、惜しげもなくサクラへと注ぐ。
それを受け、えっと、と口籠っているサクラは、だが誰の目から見ても、頬を上気させ恥じらっているのが分かる。
答を相手に委ねている様で、元より選択肢はないに等しい。
それは自信たっぷりに放たれたネジの言葉と、その瞳に射止められたら、容易に解ることで――。

「は……はい……。行き……ます」
「え、えええ〜!?」

やがて真っ赤な顔を上げたサクラが、消え入りそうな声で、承諾する。
サ、サクラちゃん? 修行は!? と慌てて声を掛けるナルトにも、彼女は何やらぽーっとした顔で、うん、と生返事をするだけだった。
かなり自信満々に言葉を連ねたネジだったが、返答を受けた彼は、よく見ると力の籠っていた眉を開き、ほう、と小さく安堵の息を吐いた。

「……そうか、良かった……。では、早速行こうか。時間も迫っていることだし」

息を吐き出し、唇を結んで笑みを乗せたネジは、では、と言うとサクラの前に片手を持って来る。
差し出された手に、ネジの顔とを交互に見て疑問符を浮かべていたサクラは、穏やかに微笑う彼に告げられる。

「女を先導するのは、男の役目だからな。ほら、手を……サクラ。遠慮しなくて良い」
「えっ……え……と……?」

ネジの顔を窺うサクラは、ガチガチに体を固くさせ、当惑していた。
だがやがて、固く握り締めていた拳を解くと、緩々と片手を持ち上げネジへと伸ばす。
それを認めたネジはしかし、手が触れる前にせっかちにも自らが動き、控え目に宙を彷徨うサクラの手を掴んだ。

強引に手を繋がれ、班の誇る可憐な紅一点が、目の前で連れ去られる。
分かっていても、ナルトには如何することも出来ない。
というか、あまりに鮮やかに掻っ攫われ、思考が追い付かない。

「わ、私……お蕎麦屋さんって、あまり入ったことなくて……」
「そうなのか? 美味いのに。あそこの掛け蕎麦は、特に絶品だぞ。きっとサクラも気に入るだろう」

顔を薄紅に染めて口籠る少女へと、他班の男が優しい笑みを向ける。
ああ、もしサクラが、今俯いて地面ばかり見ていなければ、きっとネジの向けるラベンダーに魅せられ、恋心を持ってしまうだろう――。

仲良く肩を並べて歩く二人の、他愛ない会話を交わす声が段々と遠退く頃、はっとして一人残ったナルトが、忌々しい男の名を有りっ丈の憎しみを込め、叫んだ。






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