NLCP*ブック

□中忍選抜試験
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「ナルト〜〜〜! しっかりやりなさいよ〜〜〜!!」

木ノ葉に詰め掛けた何百もの観衆の中、一人少女の声が突き抜ける。
会場にてそう彼を鼓舞するのは、いのだけだった。
勝負は目に見えている。
とても、詰まらない試合だった。
無名の(どころか落ち零れ扱いを受ける)ナルトと、日向の生み出した若き天才、ネジ。
恐らく秒殺される……そんな空気が会場全体を包み、早くも次の試合に興味を向ける人々を、いのはキッと睨む。

ナルトが勝ち上がったのは、まぐれではないと思っている。
確かに運も味方した。
しかしそれも、狙った時に繰り出せるものではなく、或る意味才能。
流石、意外性ナンバーワンと、はたけカカシに言わせるだけは、ある。
本選に進めたのは、“火影になる”と誓う己の忍道に、絶対の自信があるから。
根拠のない、途方もなく大きな夢も、彼なら本当に叶えてしまうのではないか、と。
今はこうしていのを始め、ナルトに敗れたキバでさえも、彼の途方もない夢想を応援している。

「ほら、アンタも言ってやりなさいよ、サクラ」

分かり切った試合と、端から決め付ける観衆が癪で、いのは隣にいる少女を焚き付ける。
俯き加減に、対峙した二人を見守る、緊張した面持ちの彼女は、ナルトのチームメイト。
共に死の森を生き抜き、二人のチームメイトの為に命を張った。
あの時、しめやかに、そして力強く咲いた、戦地の花。
咲き乱れることはなかった、未熟な花だったが、それでも今は、ナルトの最大の“理解者”という立場には嵌っていると、彼女の物憂げな瞳を見て思える。

「う、うん……」

勝利の条件は、相手が負けを認めるまで。
やり方は厭わない為、最悪の場合、死ぬこともある。
この中忍試験の前に、同意書に血のサインをしたことは、いのも覚えていた。
だからサクラの方がそれを危惧してしまうのも、分からなくもない。
有り余る体力をフルに活用している、タフなイメージのあるナルトだが、思いの外、死の森では体調を崩していたようだった。
こんな空気に、呑まれるほど繊細な彼ではないが、しかし心を寄せるサクラからの応援があれば、断然やる気も出るだろう。
ほら……と、耳元でいのが嗾けると、意を決した風に、固い表情でサクラは頷いた。
広い試合会場の中央、無言で睨み合う二人を見据えると、彼女は思い切り息を吸い込み、そして……一気に吐き出した。

「ネっ……ネジさぁ〜ん!! 頑張ってくださぁ〜〜い!!」
「え!?」

瞬間、周りの観衆の視線が、サクラに集まる。
驚いて声を上げたのは、いの。
黙って対峙していたネジとナルトも、ぽかんとした顔で、声援を送ったサクラを見ている。

「ちょっとサクラ……何で日向ネジの方を応援するのよ!?」

我に返り、やっとのことでそう詰め寄ったいのは、サクラの頬が桃の花の如く、淡く染まっていることに気付く。
深まる謎に、訝しく思っていると、サクラが言い訳めいたことを告げる。

「だ、だって……いのが言えって言うから……」
「い、いやいやいや……だってソコは、ナルトでしょぉ!? 見てみなさいよ! アンタが日向ネジの応援なんかするから、アイツ放心しちゃっているじゃない! これじゃ試合どころじゃないわよ」

私の所為かと、目を剥くいのは、既に満身創痍であるような風貌で、競技場で立ち尽くすナルトを指差す。
大好きなサクラに、不意打ちで裏切られて、ピクリとも動かないでいる。
悲愴感漂う立ち姿は、可哀想過ぎて正直見ていられない。

「も、もう、分かったわよ……やれば良いんでしょう」

少しは罪悪感を感じたか、否なのか、サクラは呆然としている競技場のナルトに向き直った。
そして思い切り息を吸い、一息に叫ぶ。

「ナルトも頑張ってぇ〜〜〜!! ……これで良い?」
「いや……これで良い……ってアンタ……」

今ので益々、傷が深くなったかもしれない。
最初にネジの名を叫んだ手前、その効果は絶大で、却ってナルトを踏み躙ってしまったように思える。
一方此方でも、鋭い白眼が、心なしか憐みが籠もった風に緩められて、ナルトに注がれていた。

「……お前、ついでみたいだぞ……」
「!!!!」

ネジとしても、何故自分に声援が送られたのかが、今一良く分からないのだが、事実、貰ってしまったのだ。
大して接点のない少女から、熱烈なラブコ−ルを受け、反応に困った末、それをナルトに向けた。
勝者から敗者への、容赦ない宣告。
固まっていたナルトが、ブルブルと肩を震わせる。
ネジの決定打は、見事に命中した。

「な、なんで……なんで……サクラちゃんなんで……っ何でオレじゃないんだってばよぉ〜〜〜!!」

競技場に、ナルトの憐れな嗚咽が響く。
サクラは依然として熱烈にネジを見つめ、ネジは居心地が悪そうにそれをフイと逸らす。
いのは二人の様子に、漸くサクラの恋心を察し、盛大に溜め息を吐く。

「アンタってば……コレ、どうするのよ……」

試合が中々、始まらない。
こんな空気では、始められない。
あんなにサスケに夢中だったというのに、いのを自らのライバルだと宣言していたというのに、一体いつの間にそんなことになっていたのか。
いつまでも構えを作らぬネジとナルトに、見兼ねた試験官・ゲンマが、泣きじゃくるナルトの頭をグリグリと撫でて慰める。
しかしその、ちょっとくらい女に振られたからって泣くんじゃねーよ、というデリカシーの欠片も無い慰めが、余計に傷心のナルトの心を深く抉り込み、ナルトの涙は止まらない。


しかし、全くの他人かと思われた、ネジとサクラの関係は、密かに、誰にも知られずに、存在していた。
サクラが先程から祈りを込めながら、指先に持つ物。
ネジに、こっそりと渡された、絆創膏。
あの時――あの死の森で、心身共にボロボロに痛め付けられたサクラへと、静かに降り立ち、ネジが渡してくれた――。

「日向ネジさん……素敵……頑張って……」

人の心というのは、非常に単純で、複雑怪奇で、だからこのようにコロッと想いを寄せてしまうのも、有り得ないことでは全くない。
それだけで、好きになってしまった。
地面に降り立つネジの、ポーチから絆創膏を取り出すまでの、無骨で麗しい所作の一つ一つが、まるで昨日の事のように、サクラの脳裏に浮かぶ。
自分のチームメイトが、不利な戦闘に巻き込まれたというのに、ネジはサクラを責めるどころか、傷を気に掛けてくれた。
ああ、単純なのだ、人間とは。
しかし言葉では言い尽くせない、複雑さが、ある。
この“恋”というもの――非常に難解で、癖がある。


絆創膏を握り締めて、サクラは祈る。
ナルトに、ごめんと、心中で謝りながら。
芽生えた気持ちは、止まらない。

「頑張って……」

漸く、第一試合が開始した。
正面から果敢にも切り込むナルトの拳が、蹴りが、次々に空を切る。
不敵な微笑みを浮かべ、攻撃をかわすネジに、サクラの手に力が籠もる。

小さくそう呟く、サクラの握る絆創膏を、ちらといのが見遣る。
急に心変わりしてしまった、だが純粋なサクラの恋心に、いのは何も言わず、密かに微笑を浮かべた。







(ネジサク好きへ10のお題A)

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