NLCP*ブック

□太陽の花
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あなただけの花になりたい。それが私の願い。


長い茎の先、青空へと伸びる花弁を見上げ、その中のひとつを、傷まぬようそっと掌に包み、此方に向ける。
腕の中には、既に切り取ったものが、4、5輪、重なり咲き(こぼ)れている。
好きなだけ持って行って良い、とは言われたが、あまり折ってしまっても、いけないだろう。
だから、次で最後にしようと、最後の一輪を、とびきりなものにするべく、じっと目を凝らし、良く吟味する。
此方に赴いた時に、塀から覗いていたのが見え、元から興味を抱いていた為、依頼人の好意に素直に甘え、サクラは嬉々として庭先に入らせて貰った。
クナイで茎を切り、手に取ってみると、掌よりもやや小さく、原種の花よりも小振りな品種のようであった。
これなら、花瓶に活けて楽しめるかもしれない。

「これは見事なこと」

いつもは間延びした声の、少しばかり感嘆の混じったそれが、サクラの横から聞こえる。
咲き誇る黄色い花から視線を外し、サクラが見た先には、ついさっきも一緒にいた人物が居た。

「カカシ先生……先に帰ったんじゃ」

緩やかに足を進める彼が、足元の芝生を踏む音もさせずに、にこやかに歩み寄ってくる。
こんな時にも、気配を消しているのか、いや、自分が未熟なことも少なからず関係しているのだろうと、彼に微塵も気付かなかったことにサクラは思う。

「女の子置いて帰るわけないじゃない」
「でも……近くだし……別に心配ないと……」

側に来れば上背のあるカカシを、顎を大分上げながらサクラは見上げる。
先程、依頼人の話に興味ないと言い、庭に来なかったナルト・サスケ達と一緒に、カカシも先に帰ったのだと思っていた。
今回はⅮランク任務で、里の中での活動であったし、別に女の子だからと言って、カカシが帰り道に気を遣う程のものではない。
その気遣いが意外で、どうして自分の為に、と後をついて来たカカシに不思議がるのだが、カカシはにっこりといつもの笑みを出し、もごもごと途中で消えたサクラの言葉を暗に退けた。

「ふーん……折角だから、オレも一輪頂いていこうかな」

ポケットに手を突っ込んだまま、カカシは身を乗り出し、彼よりは低い背丈の向日葵を、興味深そうに見つめる。
その様子に――それもまた意外だった為、サクラは素直に尋ねてみる。

「先生も、お花好きなんですか?」
「サクラは好きなの?」

質問には答えず、逆に質問で軽くかわされる。
ふざけては見えても、偶にこういうところに、大人の強かさを感じる。
それでも、はぐらかされた感を拭えなくとも、サクラは子供らしく頷き、答えてみせた。

「はい……綺麗だし……あ、でも育てるのはちょっと……すぐ、枯らしてしまうんです」

胸に抱えている花弁を、傷まないよう配慮して、そっと抱え直した。
花瓶で世話をするのも、正直危うい。
きっとその内に、水を替えるのも忘れてしまいそうだ。
よく言われるのだ。
綺麗な花の名前を持っているのに。
“花には向いていないね”と。

「じゃあ、サクラは見る専門だね」
「は、はい……」

綺麗に的を得たことを、ズバリと言い放たれ、サクラは赤面した顔を俯かせる。
カカシの言うそれは、女子らしからぬサクラを大人の機転でフォローするものでいて、サクラには、単純に“女子らしくない”と揶揄されているようだった。

「……どうせ、がさつなので」

拗ねるように、下を向いたまま小さく呟くサクラに、カカシが首を傾ける。
どうにもこういうところが、子供っぽくて、自分でも嫌なのだ。

「どうして? そんなことないよ。サクラはいつも、元気いっぱいで良いと思うな。それに花の愛で方は、人それぞれだと思うよ」

オレも育てられないし、と言い向日葵に視線を戻すカカシに、何も返さず、サクラは腕の中の同じ花を無意味に抱き寄せる。
カカシが言うと、それが嫌味たらしくなく、温かい。

「何処に飾るの?」

急な話題の転換に、サクラは、え?と慌てて顔を上げると、カカシの視線の先の、自分の持つ向日葵に気付く。

「あ……えっと……リビングに飾ろうかと……日が当たるので……。あとは、少し分けて、自分の部屋にも」

女性であれば、割合花は好きなものである。
向日葵を見せた時に、喜ぶ母親の姿も先程想像していた。
自室に飾るならば、シンプルな一輪挿しが良いだろう。

「良いね。きっと部屋が明るくなるよ。たまに、外に出してあげると良いかも。喜んでくれるよ」

サクラの仄かな期待を、優しく後押しするように、うん、とカカシが頷き、言葉を添える。
それに安堵しつつ、サクラは彼の言葉の意図を読んだ。

「あ……太陽の方を、向くから……?」

花が喜ぶから。
まるでサクラに合わせたかのような、カカシの夢見がちな思考に、サクラは思い至ることがあった。
頭の中で、ヒマワリの特徴と漢字を浮かべる。
サクラが考えたものと同じことを、カカシは告げる。

「コウジツアオイ(向日葵)……って書くんだっけ。大陸の方では…確か“迎陽花(げいようか)”って呼ばれていたかな。昔行ったんだけどね」

向日葵を見ながら、何処かそれを透かして遠くを眺めるように、カカシの目に郷愁のようなものが浮かぶ。
元々、太陽に向かって回る、という意味を持っている。
回るというのは、実際には蕾が少し回る程度のものなのだが、眩しい日差しを求め、常に光の方を向いて咲く姿は力強く、人々の心に何か明るいものを齎す。

「みんな、同じようなこと考えるんだね。どこに行っても、“太陽の花”って呼ばれて、親しまれていた」
「……太陽の花」

カカシの視線の先を追い、サクラもその明るい名の花を呼ぶ。
カカシが昔見たという、異国の向日葵が、どんなものだったのだろうかと、ふと思った。
花弁は、これよりももっと大きいのか。
カカシの背丈よりも、それは大きかったのか。
其処の向日葵にも、今と変わらない太陽の光が、注いでいたのだろうか。

「何か、サクラみたいだね」
「え?」

向日葵を見つめていた眼が、サクラに注いでいた。
ゆるりと、涼しい風に吹かれ、小振りな向日葵が視界の横で揺れる。
それは視線を交わらせた二人の間にも、軽やかに吹き抜けた。

「いつも、笑っている。いつも、前を向いて頑張っている。偉いよ。辛いことがあっても、泣き言言わないものね」

晩夏の心地良い風が、ふわりと髪の間をすり抜け、カカシが目を細める。
偶に、こんな風に真面目な顔をして、真面目なことを言い出す。
普段の生徒達を指導する、朗らかな様相の中にも、垣間見える冷静さと、積み重ねてきた労苦。
練熟された妙技を持つ、その確かな観察眼が、証明するのだ。
過ぎ去った荒波を静かに潜ませ、サクラを見つめて。
――立派なくノ一になるよ、と。

「……そんなこと」

カカシの眼差しが、擽ったくて、サクラは瞼を伏せる。
雨が降っても風が吹いても、決して倒れない、只管太陽を信じ待ち望む、そんな力強い花のようだと、カカシは言う。
少し、大袈裟な気がする。
だが少しも、カカシの目に冗談など含まれてはいない。

「……じゃあ、先生は……太陽みたいですね」

それに合わせて、サクラも真面目な返しをすると、カカシがぽかんとしている。
先程の男前な面差しは何処に行ったのか、しかしそれも、サクラの好む彼であった。

「……たいよう? オレが?」

全く予想外だったのだろう、ぱちくりと目を瞬かせ、まだ意味を呑み込むのに時間が掛かっているようだ。
でも、多分、気付かないのだろう。
向日葵が、陽光を好むこと。
自分を案じるその眼差しが、サクラにとっての太陽だということ。
きっと、彼は気付かないのだろう。

「ハハ……そうかな? オレ、太陽みたいかな?」

向日葵が見つめるのは、太陽だけ。
そんな意味にはやはり、微塵も気付かない様子で、カカシは頭に手を遣り、あははと軽く笑い飛ばす。
釣られてサクラも、くすりと笑った。
こんな謎掛けのようなものは、上忍であるカカシには、解せないようだ。
それで良いかもしれない。
こんな彼だから、好きなのだろう。


「……はい、先生」

胸に抱えた花から、一輪選び、カカシへと差し出す。
この中でもとびきり美しい花弁を持つ、サクラの選んだ花。
花を差し出し、笑みを向けるサクラに、やがてカカシも、目元を緩めそれに応える。

「……ありがとう」

そっと茎に触れ、花を受け取ると、静かに自分の元に近付け、目を閉じる。
花の香りを、マスク越しに楽しむと、ニコリとサクラに微笑む。
――可愛いね。
自分が、サクラのようだと言った花を、傷まぬよう、丁重な手付きで茎を摘まみ持ち、そう言う。
ああ、そこに、別の意味など含まれていないだろうに。
サクラの胸はどきどきと早まる鼓動が収まらず、別の“何か”を期待してしまう。
ああ、あなたの持つその、はなになりたい。
あなただけの――太陽の花に。

物言いたげに向日葵を見つめるサクラに、気付いたカカシが首を傾げる。
何でもないとかぶりを振って、帰りましょうとカカシを促した。
もう一輪……と思っていたのだが、それでも十分手にしている。
庭を出て、依頼人に礼を言うと、お揃いの花を持って二人で通りを歩く。
横にいるカカシに、何となく気になって、サクラは摘まみ持つ花の行方を尋ねた。

「……カカシ先生は、どこに飾るんですか?」

さっきのサクラへの質問をそのまま返され、カカシは考え込んだ。
口を閉ざしたカカシの横顔を、サクラは見つめる。

「んー……内緒」
「え……」

心なしか、残念そうな顔をするサクラに、微笑ってカカシが付け足した。

「そうだね、机の上にしようかな。毎日眺められるから」

毎日――。
結局真面目に考えてくれたカカシの回答は、サクラの表情を優しいものにした。

「……きっと、明るくなりますよ」
「そうだね。明るくなるね」
「たまに、外に出してあげてくださいね」
「うん、そうだね」

きっと喜ぶからね。
そう言って意味ありげに笑むカカシに、サクラも一層にっこりとした。
まるで二人だけの秘密が出来たみたいに、心が弾んだ。
毎朝起きたら、同じ花を見つめて、同じように水を替えて、窓辺に置いて陽光に当ててあげよう。
そして少しでも長く、お揃いの花を愛でよう――。

あなたにあげた花、少しでも、あなたに沢山見つめられますように。
この小さな向日葵に、あなたの愛情を、沢山。
この自分のように――。


もう一つの“太陽”を受けた花は、きっと、大きく咲き誇るだろう。






(ひまわり娘/伊藤咲子)

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