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□星月夜-Christmas night-
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旧作置き場にございます『雪月夜』シリーズになります


 身体が縮こまるような寒さの所為か、それとも何かふわふわと落ち着かない気持ちがそうさせるのか、息を弾ませながら自然、サクラは早足になる。十二月ともなれば、至極妥当な気候だが、今宵は一層寒かった。そのように感じた。もう直ぐ待ち合わせの宵五ツだ。すっかり暗くなった空を不安そうに見上げる彼女はやはり、少なからずも気が急いていた。
 日暮れの早いこの時期は、既に日没して空には銀色に煌めく星が出る。しかし街中では、折角のそれもあまり目立たないし、サクラも今はじっくりと見上げている暇はなかった。街の至る所にきらきらと輝くイルミネーションは、空の彼方で命を燃やす星よりも人々の目に留まる。情感がないようだがそれが正しい。星はいつでも見られるし煌びやかなクリスマスの夜は今夜だけなのだ。
 冷たい風が顔面に吹き付けて、辛抱堪らず目をぎゅっと瞑り、それでもサクラは足を止めなかった。そんなことよりも舞い上がった桃色の、苦労して内巻きにして体裁良く整えた髪の乱れを気にする。ネジは見て呉れに拘らないだろうが此方には拘りがある。サクラより一つ年上で、ただでさえ大人びた印象のネジに釣り合うようにと、慣れない化粧も頑張ってみた。どうしても綺麗に見せたい……と言ってもあまり派手な色を使う勇気はなくて、瞼と頬にほんのりと、子供の遊びの延長のような薄い色調のものをぽんぽんと乗せただけだ。何時間も鏡の前で唸って結局、良く目を凝らして見ないとその労力が分からない。視力の良いネジであれば気付いて欲しいと願う。それにしても生まれて初めてのデートがまさかクリスマスデートになるとは。世の恋人達にとってクリスマスとは一大イベントに入るものではないだろうか。ネジももう少し配慮してくれたら良かったものを。何の『慣らし』もなく、ぶっつけ本番のような心持ちで気付けばサクラは侍のように歩調が勇んでしまって、いけないいけない今日は乙女と、自分で自分に言い聞かせながら今に至る。そうこうしている内に目当ての看板を見付けて安堵する。
 里の繁華街から少し歩いたところに、レストランがあった。流石ネジが選んだとだけあって、何やら高級そうな、子供が入ってはいけないような外装だ。普段ならば絶対入らない。少々気後れしながらもサクラはドアに手を掛ける。チリン、と上品なベルが鳴って、暖かな店内にサクラは足を踏み入れた。

 無駄な光源のない、薄暗く重厚な雰囲気の店内で、ネジの姿は程無くして見つかった。しかし其方へ歩こうとしたサクラは、目の前に颯爽と現れた案内係に、荒々しい言い方をするのならば進路を妨害された。

「いらっしゃいませ。ご案内致します」

 そう丁寧に告げられて、あ、そうか……と、サクラは恥じて軽く頬染める。客人が勝手に店内を歩いてはいけないのだ。この店では全てにおいて躾の届いた給仕が応対する。と前を往くその背中を見ながら自ずとサクラはシステムを理解した。どうも『そういう』店は初めてだから、この時点で既に先が思い遣られてしまった。連れであるネジに恥を掻かせるようなことがなければ良いのだが。
 予め予約客の情報は行き届いているのだろう。サクラを見て誰の連れかを瞬時に理解した給仕は迷うことなくネジの待つテーブルへとサクラを案内した。椅子まで引いてくれて、こんな小娘相手にと身の縮む思いでサクラはネジの向かいに腰掛ける。こんなことだったらこの場に相応しく、もっとちゃんと化粧をしてくれば良かったかもしれない。

「あの、すみません。お待たせして……」

 礼儀正しい給仕が去ってから、サクラはこそりと、静かな店内に見合った声で告げる。どうも約束の時間を少し過ぎた予感がする。

「いや、大丈夫だ。オレもさっき着いたばかりだ」

 恐縮するサクラにネジは思いの外にこやかだった。オレンジ色の控え目な照明が彼の顔を柔らかく照らしている。初めて来た場所で戸惑いもあったが、顔見知りのネジを見ると随分とほっとした。

「……場所が少し、分かりにくかったか?悪かったな。迎えに行った方が良かったか」

「いえ、そんな、大丈夫です。看板ですぐ分かったので」
 テーブルで手を組んで、ネジが心配そうに身を乗り出す。若しかして、迷ってしまったのではないかと、サクラの到着が遅れたことを気にしている。家まで行った方が良かったかと、気を利かせてくる様子に、サクラは慌てて首を振った。互いに忙しくて、久しく会っていなかったが、ネジが世話焼きであるところは変わらなかった。あの雪の夜から、何も。

「料理を運ばせても、良いか?」
「あ、はい。お願いします」

 頑なに申し出を拒むサクラに、ネジはしつこくすることはなかった。不意に話題が変えられて、話が終わってくれてほっとする。
 ネジが手を挙げて給仕に合図をすると、二人分のグラスがテーブルに置かれる。琥珀色の綺麗な液体が目の前で注がれて、何となくじっと見ていると、大丈夫、アルコールは入っていないからとネジが微笑う。サクラの思考など見通している。互いに未成年なのだから、ネジが酒を飲ませる訳はないのに。綺麗な色味の飲み物が、曇り一つないグラスに注がれて、シャンパンか何かだと思ってしまった。サクラがまごついている間にも、ネジは傾けたボトルを戻して注ぎ口を押さえた給仕にそつなく礼を言っている。余裕の態度だが、ネジがやると嫌味たらしくなく洗練されていて、やはり自分よりも『大人』だなと思う。細められた白眼が此方を向いて、サクラは頬染めるも、ネジに倣って自分のグラスを持ち上げた。
 二つのグラスが吸い寄せられて、カチン、と控え目に鳴った。自分の元へ引き寄せて一口含むと、見た目よりも甘酸っぱい、芳醇な果実の味わいが口の中で蕩けるように広がった。思わずグラスを傾けて、サクラが確かめるように二口目を流し込むと、既にグラスを置いていたネジがぽつりと言う。

「……来てくれて、良かった」

 この美味しい飲み物を、一口で終わらせて、興味が引かれなかったのかテーブルの隅にネジは置いてしまう。空いた場所に組まれた綺麗なネジの手元に、そこに僅かに力の籠る様を見て、サクラもグラスを置いて真面目に答えた。

「だって、あの……約束、したので」

 窮屈そうに押し出した声に、ネジの眼差しが注ぐ。25日、空けておいてくれと、告げたのはネジで、サクラはその場で返事をしなかった。そして、サクラがそれに応じるということは、少なからずも――。思慮する先のことを、ネジは正面から問うた。

「つまり……オレのことを、『そういう対象』として、見てくれているということか?」

 固い声音の中に、柔らかさも孕んで。それは意図的なもののように思えた。サクラを無暗に怯えさせぬようにと、ネジが配慮してくれている。果たしてこれが『クリスマスデート』になるのかと、ネジは疑心を持っている。
 クリスマスを一緒に過ごしたいと言ってきたのはネジだった。去年のような寒々しい道場などではなく、聖夜に相応しい店を取るとも。そこには当然、自分を慕う特別な気持ちが含まれているのだと、思っていた。(それに応えようとしたサクラだったがリーとテンテンの乱入により言えず仕舞いとなった)しかし自分の思うその『当たり前』が、若しかしたら『当たり前』ではなかったのかと、サクラは思い及んで顔が猛烈に熱くなった。

「え……? だって、これ……デートじゃ、ないんですか? えっ? もしかして、違いました!?」
「……いや。なら、良いんだ。オレもそのつもりだった」

 浮かれてお洒落をして来てしまったが、自分の早とちりだったのか。慌てふためくサクラにネジは笑んだ。
 ネジとしては、あの時聞けず仕舞いだったサクラの気持ちを確認したかった。強張っていた面差しから力が抜けて、心底安堵した様相になる。
……つまり、想いは通じ合っていた。最初から二人は真っ当な『恋人同士』だ。そしてこれは真っ当な『クリスマスデート』。赤く染まったサクラの顔が、元に戻らない。

「……食べよう、サクラ」

 丁度テーブルに前菜が運ばれて、ネジは心配事がなくなってサクラを誘うと優雅に食事を始めた。今更ながらこれが『デート』、ネジのことを自分の『恋人』と意識させられたサクラは、味も分からない料理をちまちまと食べ始めた。
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