NLCP*ブック

□小さなお寿司屋さん
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彼女は小さな寿司職人.



「おかえりなさい、ネジ兄さん」

 玄関を開けると思わぬ出迎えを受けて、ネジは戸を閉めようとした手を止める。
 此処は厳密に言うとネジの家ではないのだが、彼女にとっては同じ一族の者であるから、そう言って差異はないのだろう。

「はい、ただいま……。何をしているんです?」

 ネジの目は何やら割烹店の出で立ちでいるこの家の次女・自分の従妹にあたるハナビに留まる。こんな玄関を開けて直ぐの廊下で、本当に何をしているのだろうか。彼女の前には台所で見かけたことのある小型テーブルがカウンター席宜しく設えられており、ネジは確か民家に入ったつもりなのだが暖簾のない料理屋に入ったような気分になる。

「見ての通り、私、おすし屋さんを始めたの。今日はお腹が空いたネジ兄さんのために、いっぱい握っちゃいます!」

 ネジの疑問に手を広げて、『お店屋さんセット』をハナビは嬉しそうに見せる。寿司? とその暖簾のない広げた店屋をネジが眺めてみると、小さなカウンターには割り箸と醤油差しが揃えて並べられていた。座って、と言われて、側に一脚だけ置かれた椅子にネジは取り敢えず腰掛ける。

「へぇ……こんなにあるんですか」

 手書きの品書きが目に入って手に取ってみる。端から端まで、凡そ十種類程ネタの名前が連ねてあった。紙の余ったところに魚の絵が描いてある。初めての来客に興奮して、わくわくして待ち切れない様子の店主・ハナビに促されて、ネジは興味本位で注文してみる。

「では、穴子と間八を」
「かしこまりました、あなごとかんぱちですね!」

 ぱっと華やぐ笑顔で注文を繰り返すと、ハナビは指先を濡らしてお櫃から酢飯を掬い取り、本当にその場で握り始めた。脂の乗った間八握りが出来上がると、穴子に至っては刷毛でタレまで塗ってくれる。思ったよりも本格的な仕様に内心驚きつつ、やがてへいお待ち! と威勢良く出された皿にネジは目を注いだ。

「小さいですね……。これでお金取るんですか?」
「お金なんかとらないです! ごちそうしてあげるんです」
「そうですか……」

 ハナビの小さな指先に一生懸命に握り込まれた二貫の寿司は、コロンとしてそれは小さかった。では、いただきます、と遠慮なくネジが箸を持つと可愛く膨れた頬が直ぐ様萎む。期待の眼差しに促されて、ネジは握られたばかりの寿司を口に含む。

「どう? ネジ兄さん、どう?」

 一体何処で手に入れたのか、寿司屋の和帽子を被ったハナビが味の分からぬ内からネジに聞く。小型サイズの寿司をなるべくゆっくりと噛んで、よく味わった後、ネジは一言告げる。

「新鮮なネタですね」

 ネジの返答に、ああ良かった、とハナビは胸を撫で下ろす。安心したのも束の間、次は何にしましょう、と注文を忘れない彼女の素晴らしい職人魂。そのやる気は衰えない。客から注文を貰えることが、寿司職人の喜びとなる。彼女はまだ見習いレベルにも達していないようだが。

「……ん、これは何なんですか? 魚の名ではないですね」

 再び品書きに目を落としたネジは、左端に書かれた単語に首を捻る。食べられるものでもなし、何か特別なメニューなのかと思考を巡らせる。

「えっと……こ、これはね……か、かしこまりました」

 急に目を伏せて、そわそわとし出したハナビは、そう告げて和帽子を脱ぐ。ネジと視線を合わせないままに、台所から持って来たテーブル元いカウンターをぐるりと回ると、ネジの直ぐ側にやって来た。
 一体何なのだろうか、帽子にくしゃりと皺を作って側に立ち尽くすハナビを不思議に思っていると、少ししてネジの頬に、そっと柔らかいものが押し付けられた。


「い、いつも任務を頑張っているネジ兄さんに……ご、ごほうびです……えへ」

 紅鮭のように顔を赤くして、くしゃくしゃにした帽子でハナビはその顔を半分以上隠すようにする。ネジが何か言う前に、そそくさと再びカウンターの向こうに戻った彼女は、何事もなかったように帽子を被り直した。

「次は何にしましょうか」

 まだ幾分赤い頬っぺたで、真面なものが握れるのだろうか。動揺した小さな手からぼろぼろと酢飯が零れ落ちる様が容易に浮かぶ。

「同じものを頼んでも良いんですか?」
「は、はい、もちろん」

 素知らぬ顔で尋ねるネジにハナビが勢い付いて答える。メニューに書いてあるものだったら何でも。その彼女の言葉に素直に従って、ネジの白い眼が品書きの左端に移った。


「では、『ご褒美』を二つ」





(旧拍手文)

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