NLCP*ブック

□My fair lady
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カカシの眼前には、少々土埃に塗れた、薄汚れた格好の少年少女が、三人。
中央にいる金髪少年、頬に走る三本線は、生来からのもの。
この中で一番泥に塗れている所以は、同じ班の少女を助けた為。
その隣で無表情でいるのが、途中加入したサイ。
始めは班に馴染めず、ヤマトと共に気を揉んでいたのだが、最近は懸念の対象であるナルトとも息が合ってきた。
反対隣に控える紅一点、桃色の珍しい髪色をした少女は、この班唯一の医療忍者。
今は綱手の元で修行に明け暮れ、段々と任務の主要な場面で頭角を現し始めていた。
……本人は、至って謙虚で、まだまだだと言うのだが、カカシは密かに信頼を寄せている。
順に三つの、班の顔を確認し、カカシはうんと頷いた。

「よし、無事に全員揃っているね。じゃ、任務終了。解散」

カカシの眼差しにじっと射止められ、多少なりとも強張っていた三つの顔が、そこで一気に緩んだ。
ほっと詰めた息を吐く、サイとサクラ。
そしてその横で、思い切り伸びをするナルトにより、勝手にこの日の昼食を決められる。

「あぁ〜〜〜終わったぁぁ〜〜! よぉし、これからみんなで、一楽で昼飯だってばよ!」

埃塗れの薄汚い装束姿で、一人元気にキラッと輝いた白い歯を、此方に向けてくる。
親指で、後方のラーメン屋方向を示すナルトに、思わず目が点になるカカシ。
何てことはない、いつもの班の光景だ。

「え、またラーメン? 好きだねぇ」
「ボクはどこでも」

思えばこの班で、それ以外の物を食べた試しがないのだが、何の異論もなく、皆大人しくナルトの後をついていく。
そしてぞろぞろと続くその列の最後尾を、何となく気にしたカカシは、一つ息を吐き、先頭の金髪頭に促す。

「……ナルト。ちょっと先に行ってて」

ポケットに手を突っ込んだまま、ふらりとカカシは列を抜ける。
へ? と振り向くナルトは、首を捻りながらも、言われた通りにサイを連れ先を行った。
少年二人が去って、残されたのは、桃色の髪の紅一点。
カカシの意味ありげな視線を、あからさまに受けるサクラは、気まずそうにフイと目を逸らした。
止まった足を動かし、一歩踏み出した時、僅かによろめくサクラを、カカシが手を出して受け止める。

「……しょうがないね、サクラは。ほれ」
「あっ……!? せ、先生……っ」

小さな体を、ふわりと胸に抱え上げると、サクラの戸惑った声が耳元で聞こえる。
恐らく、ナルトに助けられた時に、痛めたのだろう。
医療忍者ではあるが、まだ駆け出しで、庇ってくれたナルトの治療に、サクラはその殆どのチャクラを注いでいたから、自分の怪我の分までは回らなかったようだ。

「あの……っ、大丈夫です、私……」

抱き上げたカカシの、首の後ろに掴まり、心底狼狽しきっている様子のサクラは、明らかに人目を気にしている。
昔はこんなこと、日常茶飯事であったが(と言ったら忍としての彼女の沽券に関わるかもしれないが)、今やるには、少し気恥ずかしいという彼女の気持ちも、分かる。
しかし、その為に、先に“行かせた”。

「良いよ。今日だけ、特別」

足、痛むんでしょ? ――そっと察してやれば、サクラの瞳が開き、驚きに満ちた様子でカカシを見つめる。
周りに誰もいない今なら、許される。
少しくらい、甘えても。
カカシの向ける、無言の、だが穏やかな眼差しに、安堵したように、やがてサクラは首に両腕を回してくる。

「あ……ありがとう…先生……」

少しだけ、頬染めて、はにかんで微笑う腕の中の彼女に、カカシもつられて眦を下げる。
いつまで経っても、サクラは可愛い教え子。
綱手の元に行っても、多分厳しい教育故、気丈に振る舞って、甘え方を知らないのだろう。
内緒だよと、カカシが緩く笑うと、サクラもしたり顔で、コクリと頷く。
久し振りに抱え上げた躰は、修行でつけた筋の所為か、幾分重量が増したような気がする。
しかし心地良い重みだ。
教え子の成長が感じられ、カカシとしては寧ろ頼もしい。
でも多分、今言ってはいけないことと読み、そのまま黙って足を動かす。
(……女の子だものね)
凭れ掛かってくる体の、柔らかいこと。
どんなに体を鍛え、修行を積んでも、こればかりは変えようがない。
するとその、自分に当たる彼女の感触に、カカシは気付いて、一気に体を強張らせた。

明らかに、カカシのベストのポケット付近に、何かが当たっている。
これはもしかして、サクラの成長途中の――いや、もしかしなくても、それしかない。
(な、何これ……む、胸……?)
以前はこのように密着されても感じなかった、柔らかな感触に、カカシは動揺を隠せない――いや、マスクの下に今は上手い具合に隠れている。
逞しくなったサクラを、手放しに喜んだのだが……。
(こ、これは……不味いな……)
此方もしっかり、成長していた。
そう思った瞬間、余計にその柔らかさを意識してしまい、マスクの下で顔が引き攣る。
さっきから彼女から漂ってくる、花の様な可憐な匂いも、妙に鼻腔を擽ってきて辛抱堪らない。
しかしまさか、教え子をそんな目で見る訳には、いかない。

「カカシ先生……?」

心中で取り乱しているカカシに、サクラが不思議そうに小首を傾げる。
きょとんとした眼差しから、精一杯目を逸らして、いや、とカカシは言い淀む。
自分から申し出た手前、もう抱き上げたサクラを今更下ろし難い。
いや、それよりも怪我をしているから、出来ればこのまま抱えていてやりたいのだが……。
しかしこの感触……どうすれば。
(……背負った方がマシか)
妙案が浮かび、よし、とカカシは直ぐにサクラに提案する。

「ねえ、サクラ。ちょっとさ、オレの背中に……」

だが、そこではっとして口を噤む。
どう考えても、それではダメだった。
(ああ、ダメだ、おんぶはダメだ。余計に当たる……!)

「せ、先生……? どうしたんですか……?」

浅はかであった。
苦悩するカカシを、心配そうにサクラが覗き込む。
目の前で繊細に瞬く睫毛、その蒼色の奥に、少しだけ憂いを滲ませて、カカシを映す。
赤い唇から吐かれる吐息でさえ、桃色に色付いているように錯覚し、息を呑む。
一体いつの間に、このように女らしくなったのだろう。

元からさっぱりとした性格で、取り分け大好きなサスケを除いて、男に媚びることも無い。
自慢の拳は、後々習得したもので、少々手強いイメージもある。
だが実際には、持ち上げた体も柔らかければ、少女らしい御花畑の匂いまで装備して、却って洒落に気を遣っていた以前の彼女よりも、より色香が濃く出ている。
やはり女の師についていれば、自ずと“そういうところ”も伸びていくものなのだろうか。

「いや……何でもない……」

カカシには、良く分からない。
只、これではもう、以前のようには触れ合えないと、思う。
軽々しく体に触れてはいけないし、サクラも年頃なのだから。

「サクラ……気を付けるんだよ」

彼女は、決して油断していた訳ではなかった。
只少し、運が悪かっただけ。
決して、実力が不足して負った怪我ではないのだ。
ないのだが――。

ぽそりと、叱りつけるでもなく、呟くカカシに、サクラが黙り込む。
それだけでも、頭の良い彼女が、小さな咎めと感じるには、十分だった。


―――はい、と。
やがて俯くサクラから、小さく小さく、返事が聞こえた。
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