『夢と、記憶と、現実と』
□第一章
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そのまま赤い髪の青年についていった先で目にした光景に、わたしは混乱と安堵という正反対の気持ちが入り混じったような、不思議な感覚を味わった。
簡潔に言えば、その赤髪の彼――わたしが"トラップ"だといった――の他に、三人の男女がいたのだ。
黒髪の青年に、金髪の少女、そして黒髪の青年に抱えられているフワフワの綺麗な髪をもつ幼い女の子。
その三人を、もれなくわたしは知っているのだ。
会ったことはないけれど、知っているのだ。
絶対に会えないはずなのに、目の前に居る。
――あぁ、やっぱりこれは夢なのか。
「トラップ、その子、誰だい?」
「しらねー。んでも、結構危険なとこウロチョロしてたから、とりあえず連れてきた」
「き、危険なとこって……!?」
「ヤバイぜ。ヤバイのが七、八人はいる」
「なんだ。山賊かなんかか?」
「いや、あれはゴブリンだ」
「ゴブリン!?」
「バカッ!!」
やけにリアルな夢だな、と思いながら黙り込んでいる内にも、彼らの会話は進んでいく。
なかなか信じられないことだったけれど、察するに、わたしが先程聴いた声の主とは、ゴブリンだったらしい。
「……。……いやいや」
――ゴブリンだったらしい、って。
いくら夢とはいえ、あのおぞましい声とか、背中を伝う冷や汗とか、感じたもの全てがリアル過ぎてコワイ。
「おい、あんた」
「……は、はいっ」
「なんであんなとこに一人でいたんだよ」
気が付くと、四人分の視線がこちらを見ていた。
"トラップ"がいかにも不審そうな目で問うてくる。
答えようと口を開いて――言葉が喉で詰まった。
「……分かり、ません」
「はぁ?」
「なんでこんなとこにいるのか……自分でも訳が……」
「……まさか、記憶喪失?」
「んん……いや、まぁ」
記憶喪失とは違うと思うけど、ここに至る経緯が分からないとか、この世界について知識がないとか、そう言った意味では似たようなものか。
そう考えたわたしは、曖昧に頷いておいた。
それがかえって深刻な表情に見えたらしく、彼らは一様に何とも言えない表情で、「そうか……」と押し黙ってしまった。
「……ねぇ、あなたのお名前は? わたし、パステル!」
「え、えっと……」
その沈黙を破って、声をかけてくれたのは金髪の少女だった。
元気付けようとしてくれているのが分かるくらい、にっこりと笑顔をつくって。
彼女はパステル。
――パステル・G・キング。
「………」
「……? どうしたの……って、も、もしかして、自分の名前も……!?」
「あ、や、ごめん。そうじゃなくて」
金色に近いブラウンの瞳をまんまるにして、パステルは駆け寄ってくる。
彼女は、主人公。
――他ならぬ、『フォーチュン・クエスト』の主人公なのだ。
「ごめん、なんかまだぼーっとしてるみたいで」
「大丈夫?」
「うん、平気。で、わたしは――」
わたしの、名前は。
「――シオン」
「シオンね! よろしく!」
「しぃおんかぁ?」
……え?
今、わたし、何て。
「おれはクレイ・S・アンダーソン。こいつはトラップ」
「ルーミィだおう!」
「う、うん……よろしく」
わたしはというと、言葉を返しながらも混乱していた。
わたしが、"シオン"?
……違う。わたしの名前は、瑞山さくら。日本の大学に通う、18歳の女子大生だ。
でも、口から出た"シオン"という名に、これほどしっくりとハマるものを感じるのは何故だろう。
まるで生まれたときから、自分にこの名前がついていたみたいに。
「……?」
「おい、何突っ立ってんだ。置いてくぞ」
「え……一緒に行っていいの?」
「当たり前だよ! その調子だと、行く宛てもないでしょ?」
「うん、まぁ」
「わたしたちこれからエベリンに行くの。大きな街だし、何か手掛かりあるかもでしょう?」
そう言ってわたしの手を取るパステル。
触れたところが、温かい。まるで夢じゃないみたいに。
自分が何なのか、どうしてこんなところにいるのか、よく分からないままに。
わたしはどうやら、大好きな小説の世界に迷い込んでしまったようだ。
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