『夢と、記憶と、現実と』

□序章
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*

その物語に出会ったのは、わたしが小学校六年生の頃だった……と、思う。
はっきりとは覚えていないけど、小学校の小さな図書室で見かけたそれが、大好きだった。

元々、女の子にしては剣とか魔法とかが好きで、ファンタジーものをよく読んでいたのもあるけれど、それは他のどんな物語よりも、わたしを惹きつけるものがあったんだ。

――『フォーチュン・クエスト』。

今でこそ二十巻以上ものシリーズとして刊行されているが、わたしはその全てを読破しているわけではなかった。
幼心に読んだおとぎ話。
成長した今なら、もっと難しい内容のものでも面白いと感じるけれど、それを初めて手に取ったあの頃のわたしには、この物語のはちゃめちゃ感がとにかく好きだった。

その物語に登場する、いわゆる主人公というやつは、とにかく"平凡な女の子"だった。
特別可愛いわけでもないし、特別腕が立つわけでもないし、特別頭が良いわけでもない。
むしろ容姿は中の中、おっちょこちょいでお人好し。おまけに方向音痴で失敗だらけ……。

でも、とにかく明るく前向きで、料理が出来て、笑顔が素敵な女の子。
わたしはこの主人公が好きだった。
そんな女の子が仲間たちと繰り広げる、ちょっぴりお粗末だけど楽しげな旅路に、いつも心踊らされたんだ。

――もしも、いっしょにこんな冒険が出来たら。
そんなことだって思った。

しかし、時間というのは誰にも逆らえないもので。
いつしか大人になっていったわたしには、子供の頃みたいに物語の中に入り込める余裕も薄れてきた。
親元を離れて一人暮らし。
立派な社会人になるために、日々大学で学び、バイトでお小遣いを貯め、友人らと遊びに行く。
毎日が何となくで過ぎていって、数年後の自分の姿さえ上手く想像できないでいるのだ。

ふと部屋で考え込んだときに、目に入ったのが"それ"だった。
ここ数年は疎遠になってしまったけれど、何となく手放せなくて、実家から持ってきていた小説たち。
何年も手を付けていなかったから、続巻がいくつも出ているはずだ。また今度、揃えなくちゃ。

そんな風にして、わたしは『フォーチュン・クエスト』の第一巻を手に取った――


―――と、思っていた。

たったの、数秒後までは。


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