『夢と、記憶と、現実と』

□第一章
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*

はっと我に返った。

いや、本を手に取ろうとしただけで我に返るというのも変な話だが、何故だかその瞬間、わたしは立ちくらみでも起こしたかのような錯覚に陥ったのだ。
ともすれば、錯覚ではなかったかもしれない。

とにかく、意識を取り戻したわたしは、中途半端に伸ばした右手を見て、ぎょっとした。

「………は?」

それだけ言うのが、精一杯だった。
何故なら、小説を取ったはずのその手には、何の変哲もない小枝が握られていたのだから。
驚いたわたしは、思わずその小枝を振り落とし、勢い余って尻もちをついた。

「…………んん!?」

お尻が痛いとか、そんな悠長なことを考えている場合ではない。

――ここは、どこだ。

目に入ったのは、木だ。それも一本ではない。
その後ろにも、さらに後ろにも。右を見ても左を見ても、視界の奥まで木々が続いていて。
まるで、そう。森、だった。

「……もり……うん、森だ……」

声に出したのは、混乱した頭を整理するための、無意識の行動なんだと思う。
どうして森にいるのか、そもそもこれは夢なのか現実なのか。
そんなことを考えるというよりもまず、最初に出てきたのは、考えたくない、だった。

というより、頭、動かない。

とにかく、今わたしは自分の部屋ではなく森にいる。
そこから先に、思考が進まなかった。

とりあえず、立った。

「……うわ、制服?」

立つときに目に入ったのが、赤いチェックのプリーツスカートだったので、改めて自分の姿を見下ろす。
白いブラウスに、グレーのセーター。わたしの出身高校の制服だ。
本当なら赤いネクタイもあったはずだが、今は着けられていない。
 
念のため言っておくが、わたしはすでに高校を卒業しているし、さっきまでこれを着ていた記憶もない。

現実では(まぁこれが夢かも分からないが、おそらく夢なんだろう。しかし寝た覚えがない)真夏だったはずだが、この装いは冬……もしくは秋ごろだ。
そう考えた途端、もわりとした空気が肌を撫でたので、ネクタイの着いていない襟元のボタンを一つ外した。

そうして眺める、左右を木々に挟まれた道。
森の中に作られた歩道か何かだろうか。小さめの車くらいなら通れそうな気がする。

前か後ろか、どちらに進めばいいのかも分からず途方に暮れるしかない。

「………」

でも、立ち止まっていても何も起きそうにないし。
何より、こんな森の中で一人で突っ立っているほうが怖い。
野生の動物とかいないだろうなぁ。

とりあえず、最初に顔を向けていた方に進むことにした。

初めはそれでも、周りを警戒しながら恐る恐る、といった感じだった。
すぐ横が視界の悪い森なのだ。何が飛び出してくるか分からない。
最近は、野生のサルの被害とかもニュースでよく見るし。多分、わたしなんかでは追い払えたりしない。

そう考えて、何か武器になるようなものが要るか、と思いついた。
といっても、ここには枝くらいしかない。逆に言えば、枝ならいくらでもあるのだ。

わたしは、太すぎず細すぎずのちょうどいい枝を頂戴しようと、近くの木に近寄った。


――そのときだ。


*
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