花と嵐

□朝の一景
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 忍術学園六年ろ組、会計委員会委員長の田村三木ヱ門は、最初其れを慢性的に睡眠不足気味の頭が見せている見間違いだと思った。

 毎朝の日課である愛用石火矢のユリ子との散歩中に立ち止まった彼は、隈のうっすら渡った目をすがめて、其れを見る。

 白く微かな朝靄の中で、誰かが鍛練をしているようだ。
 その某か、制服の色は五年生。手裏剣の的を前にしている。
 学園では珍しくもない光景だが、問題はその人物の構えにある。

「……なんだありゃあ」

 三木ヱ門は思わずそう呟いていた。
 彼の同輩の、まだまだ忍の心得に浅いあの青年でももう少しましな構えをする。否、もっと言うならそいつのそれは一年生よりも酷い構えだった。
 石礫を放りでもするように振り上げられた腕。あれでも五年生か。
 と、其処まで考えて、三木ヱ門は「ああ、もしやあれは」と思い至る。

 その人物はぶんと腕を降る。
 何の変鉄も無い四方手裏剣は的に届く事もなくどすりと地に突き刺さるのだった。

 腕を組み、地に突き刺さる手裏剣をじっと見ているそいつに呆れながらも三木ヱ門は近づいていく。

「ただぶん投げるもんじゃないぞ編入生」

 弾かれた様に振り返った顔は予想通り見慣れない顔であった。
 やや褐色の肌。
 切り込んだように釣り上がった目。
 同じく釣り上がった野太い眉。
 低い鼻にへの字口。
 「美男子では無いな」と三木ヱ門は思う。

「……手裏剣は不馴れなもので」

 そう答えた人物は軽く頭を下げる。

「高坂凪雅と申す」

「御武家みたいな喋り方だな。手裏剣が不慣れって、お前の家は忍の家だろう」

 呆れた、と、呟いた三木ヱ門。
 噂の黄昏時からの編入生は、そんな三木ヱ門をぐりぐりとした目で見返した。

「私は兄とは育てられ方が違いました故」

 構えはお粗末な癖に妙に堂々としていやがる、と、三木ヱ門は凪雅の頭の先から爪先までをじろじろと見た。
 体躯はしっかりとして、重心も安定している。武に対して全く心得が無いという訳でもなさそうだ。
 見られている凪雅は不躾な視線にも身動ぎする様子は無い。
 度胸は一人前かと三木ヱ門はすんと鼻を鳴らした。

「まあ、色んな奴がいるわな。私は六年ろ組の田村三木ヱ門」

「田村殿」

「……其処は先輩じゃないのか」

 こいつはもしかしたら頭のネジが擦れた奴なのかもしれない。
 田村の胸中に踏み鋤を構えた同輩が浮かんだ。

「先程、投げれば良いものではないと言われましたが、どの様にすれば良いのでしょう」

 凪雅は三木ヱ門の胡乱気な表情に構うこと無く聞いてくる。
 ああ、こいつやっぱりあいつと同類っぽいなあ、と、三木ヱ門の胸中で同輩はせっせこ穴を掘り始めるのだった。

「……まあ、取り合えずお前のは酷すぎだ」

 三木ヱ門は溜息を吐きながら、地に突き刺さっている手裏剣を引き抜く。

「もう一度構えてみな」

 言われた凪雅は素直に構える。その様を見て、三木ヱ門は噴き出すのを寸前で堪えた。疲れていると笑いの箍が緩みやすい。

「あー、あれだ、お前。まず持ち方が変。そんな握り込んでどうすんだ」

 凪雅は不思議そうに目をすがめて此方を見てくるものであるから、三木ヱ門はまた噴き出しそうになる。

「ったく、良いか。まず手裏剣は挟むように持つ。腕は上げすぎない、足は、こうだ」

 三木ヱ門は、凪雅の腕を取りながら構えを直してやる。手首は忍のそれにしてはやや細い。兄と育ち方が違うというのは本当の様である。

「ま、こんなもんか。やってみな」

 言われて凪雅が投げた手裏剣はまたも地に突き刺さるのであった。

「先程よりも遠くには刺さりました」

「……前向きなのは良いことだ」

 鐘楼が朝の鐘を鳴らし出した。
 三木ヱ門はユリ子の紐を再び手に取った。朝の散歩は半端に終わったが、まあ面白いものは見れたと思う。

 彼方から三人分の人影が塊の様になって走ってくるのが目の端に映った。

「なんだ、お前。もう彼奴らと知り合いか」

「はい」

 大方、あの中で一番騒がしい、己の直属の後輩が何時もの人懐っこさを発揮したのだろうなと三木ヱ門は踵を返す。
 彼は朝から騒がしいのは好まない。

「励めよ」

 地に刺さった手裏剣を顎で示し、短くそう言った三木ヱ門はその場を去る。

「田村殿。御教授、感謝致します」

 その背に掛かる、やはり武家の様な物言い。
 変な奴。と、三木ヱ門は小さく独り言ちた。

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