さて、月霞むその夜を抜け
□まろび落ちる果実
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「忍が、野良仕事……?」
朝も開ける前から叩き起こされ、連れていかれた場所は畑である。
「城勤めの忍が……?」
そう呆けている大川平次渦正に「さっさと手を動かせ!」と激が飛ぶ。
「拾われもんが只飯食らえると思うんじゃねえぞ。オウギの奴ぁ小娘だから甘かろうが儂はそうはいかんからな」
瓜を片手に凄まれようが、幾ら忍者隊の内で腕が立つ男だと説明されていても、迫力の一つも無いのである。
渦正は呆れてその農夫然とした忍者隊の男を、浜玄一郎を見返すが、「聞いとんのか!」とまた怒鳴られ、結局「すみませぬ」と釈然とせぬままに謝り、瓜を採りだすのだった。
腰を屈めた渦正の直ぐ近くで軽やかに笑うのは件の『小娘』である。
マツホド忍者隊副長、湊川オウギ。数日前、渦正はこの殆ど少女の様な戦忍に命を拾われたのである。
「忍仕事の給金だけでは心許ないもので、戦が無い時の我等の殆どはこうして百姓や物売りをしているのですよ」
オウギは、渦正を見下ろしながらそう説明した。彼女が持つ籠の中には既に大きな瓜が三つ収まっている。
「玄一郎殿は、その中でも、何と言いますか……逞しいとでも言いますか」
「正直にがめついとでも言えばどうだ」
玄一郎が、瓜を両手にオウギを睨む。
「そうですね。加えて耳聡い」
オウギがにこりと微笑めば、玄一郎はふんと鼻を鳴らすのであった。
そんな玄一郎に時折どやしつけられながら朝日が登る頃には畑の手入れを終え、筵の上には採られた野菜やら瓜やらが置かれている。
玄一郎がそれを一つ一つ、慎重に見聞してから、幾つかを選り分けた。
「こいつと、これと、この辺のは、持っていっていいぞ」
玄一郎がそう言えば、後から野良仕事に加わってきた男達がわらわらとそれを取り、玄一郎が差し出した升に小銭を放り込んでいく。
「金を取るのか」
渦正の呟く声には先程から隠し切れない呆れが多分に乗っていた。
「ああ?当たり前だろうが若造。儂が育てた野菜だぞ」
升に収まる小銭をちまちまと数えながら玄一郎が吐き捨てる様に言った。
渦正はそれを見て鼻白んだ面持ちになる。
『逞しい』と言えば聞こえは良いが、当人が言う様に玄一郎はがめつい。
小銭を何度も数える姿は、渦正の目にはどうにも狡く醜悪に見えてしまうのだった。
「渋ちんめ」
ついそう毒づいてしまったが、玄一郎はそれを「はっ、」と笑い飛ばしたのみ。
「ほれ、お前も金があるなら買っても良いぞ」
「生憎だが金は無いな」
そう答えれば、途端興味を無くした様に玄一郎はてきぱきと野菜を籠へと修めていく。
「ならオウギと瓜でも売って来い。全部売れたら二割はやらぁな」
「二割」
渦正は、また呆れる。
「おや、二割とは玄一郎殿にしては随分と甘い」
オウギは、そう笑った。
城勤めというのも、中々、大変なのだな。と、渦正は天を仰ぐ。
薄青の朝の空は雲一つ無い。
「今日も熱くなりそうです」
オウギが言った。誰にともない響きのそれに、渦正は返事をするのを躊躇い、ただオウギの横顔を見る。
彼女の広い額に、土が着いていた。
それを指摘する前に、オウギは手拭いで顔を拭ってしまった。
そう、拭ってしまった。
渦正は、何故か後になって、その事を時折惜しく思うのだが、その時はまだその思いは微かなもので、首筋に浮く汗の煩わしさに全ては流れていったのである。
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