僕らがいます。どうぞよろしく。

□特別事前調査員
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「ねぇ、ねぇ、みょうじちゃん。座敷わらしって知ってる?」

 あの、何でも知ってる某5才の女の子みたいな口調で、実際はごま塩頭のおじさんが……もとい、私のお勤め先の社長さんが、お昼休みに私のデスクへとやってきて唐突にそう声をかけてきた。今、口に卵焼きを含んだ瞬間だというのに。

「あ、僕知ってますよぉ、社長。それ妖怪です!」

 卵焼きを飲み下すのに必死の私よりも早く反応したのは、隣のデスクの小松田くん。手元の菓子パンから目線を上げた勢いでパンくずや飾りのアーモンドやらがパラパラ音を立てて書類に落ちていったけど大丈夫か……?

「……えっと、ですね。岩手県で言い伝えられている……妖怪、というよりは神様や妖精の類いに近いと思います。大切にすると家に居着き、居着いた家に繁栄をもたらして、逆に座敷わらしが出ていった家は没落すると言われています」
「うんうん、流石だねみょうじちゃん」
「流石!特別事前調査員!」

 社長と小松田くんが揃ってぱちぱちと拍手する。
 私は、なんだかなぁ。と、へらへら笑いながらお茶を飲むのだった。

 私が事務としてお勤めしているのは、とある田舎町の小さな不動産会社だ。社員は私と同じく事務仲間の小松田くん、営業の社員さんが4人。そして社長。時々おやつを差し入れに来てくださる自称専務(と、自分で仰っていた)の社長の奥様。あくびが出てしまうくらい暇な時もあればそれなりに忙しい時もあったりと、まあ、本当に普通の良くある小さな会社。
 そこでの私の仕事は、通常業務である事務(主に会計)と……

「……あの。その質問って、何か物件と関係あります、よね?」

 私の質問に、社長はにっこりと笑って、ズボンのポケットから出した四つ折りの紙を私の前に広げた。

「知り合いにね、頼まれちゃってさぁ」

 パソコンで手作りした感じの、広告だった。
 中央に、町屋作りの家の写真。外観、玄関、中庭、台所、風呂場と、家の古さもあるだろうけど、荒く見える写真だった。
 上に、この家を賃貸として貸し出す文言と、家賃や設備などの条件がつらつらと書かれてある。下には、大家の電話番号。
 
「ここに、出る。と」
「そうなんだよね。出るんだって、その、座敷わらしってやつが」

 私のもう一つの、いわゆる特別業務ってのにあたる仕事。
 簡単に言えば、『アレ』な感じの物件に事前に行って、『アレ』な感じならなんとかそれを緩和したり解決したりする仕事……『アレ』って何かって?『アレ』は『アレ』だ。

 住んでみたら実は事故物件でした。なんて心霊番組みたいな話というのは実際は少ない。不動産ってのは契約の世界なんで、事故物件かどうかなんてのはお客様にはオープンに伝えるものなのだ。
 営業の皆さんは『アレ』的な存在が出るみたいな話も、敷金が幾らかなんて話と同じ様なテンションで話すし、意外な事にそれでも住みますと言うお客様は結構いる。
 家賃や価格の安さを重視する方。そういった存在を全くもって信じていない方。信じている上で敢えて住もうとする怖いもの見たさの方。事情は様々だ。

 そして、不動産はサービスの世界でもあるので、そういった物件を提案するからにはアフターケア的なものも用意していたりする。他はどうだか知らないけれど、少くともうちの会社にはある。それが私。『特別事前調査員、みょうじナマエによる物件調査』。

 私は、いわゆる『視える人』って奴だ。そして悲しいかな、今までそれなりの場数を踏んだことでそういったものへの耐性もあり、自己流ながらそういったものへの対処もできなくも無い。そんな私が、問題のある物件に行き、数週間泊まり込み、『どんな現象が起きるのか』『心身への影響はどれくらいあるか』『著しい危険は無いか』といった事を身体を張って調査する訳である。特別手当としてただの事務とは比べ物にならない給金を貰えなければまずやろうとも思わない仕事だ。最初の内は本当にたまにしかやって来ない業務だったけれど、最近はどうやらSNSに情報を流した奴がいるらしく、結構忙しい。
 小松田くんが言うにはネットのどこぞで『私の活躍のまとめ』なるものができてるらしい。マジで止めろと言いたい。

「その座敷わらし。が、本当に座敷わらしなんだとしたら、そんな悪いものじゃないと思います。具体的に何か見た方がいるんですかね?」

 けれど、まあ、そんな自分の境遇を嘆いても仕方は無いし、給料の良さに比べたら大したこと無いと思っているので、私は今日も今日とて特別物件に足を踏み込むわけだ。

「座敷わらしってのは、僕の知り合いであるここの大家が、そう言ってんの。何でもそいつのひぃ婆さんが子どもの頃から、下手すりゃもっとその以前からその家にいるそうだ」
「……つかぬ事をお聞きしますが、その方の家、代々けっこうな名士だったりもしますか?」

 私の質問に、社長が「知ってるかなぁ」と出してきた名前は、知ってるも何もかなり有名な某ファッションブランドの名前。そこの代表、が、現当主であり家主であり、社長の知り合いだそうだ。小松田くんが「ほえぇ」と感心した声を上げる。

「ほら、今日のネクタイとかもね。そいつに作ってもらったの。大学ん時の後輩でさぁ、昔からこう、なんつーの? シュッとした感じの奴で、いや、僕もね。これでも昔はなかなかモテたんだけど」

 おっと、これは話がズレていきそうだ。私は慌てて広告を手に取る。

「あの、座敷わらしだって事が分かっているんでしたら、何故、賃貸に出されたんでしょうか?」

 私がさっきも言った通りに、座敷わらしというのは大切に扱えば家に繁栄をもたらすものだと言われている。現に家主さんであるその方は仕事でも成功されている様だし……いや、そこはまあ、当人の努力があってこそだろうけれど。
 そう、そこではなくて、問題は……その家に出るものを、座敷わらしであると認識しているにも関わらず、その家をある意味で手放そうとされている点だ。

「単純な話だよ。仕事があまりに順調過ぎて全くこの家に帰れないんだとさ。でも、無人にしておくのは件の理由で宜しくない」
「それで、賃貸。という訳ですね」
「最初は、自分の部下を住まわしたりしてたらしいけど、どうも、そこに出る奴らの幾つかがかなりイタズラ好きだったり、灰汁が強いらしくてな。なかなかに長くもたない」
「はあ……、でしたら賃貸に出しても同じなのでは?」
「うん。そなんだよね。だからさ、みょうじちゃんに提案」

 社長はまたにっこりと笑った。あ、なんか嫌な予感……

「みょうじちゃん、此処に住んじゃいなよ」

 軽やかな口調で言われて、私は数秒、ポカンとしてしまった。

「住む……ですか?」
「うん」
「あの、それは、事前調査として?」
「いんや? 普通に、期間限定とかじゃなくて」
「え?」
「良いこがいるよって、僕、言っちゃったからさぁ」

 へへへ。と、やや決まり悪げに、イタズラがバレたみたいに社長が笑う。

「……私の紹介を、すでにされている。と、」
「そうそう、みょうじちゃんの出番ってわけよ。好きでしょ? 得意でしょ? そういうの」
「はあ」

 好きというか得意というか、何というか……私のこれは人生の成り行き的なものなんだけれどな。と、私は曖昧に笑う。
 起きる事は起きるままに受け取り流れに逆らわないのが私のモットーで、まあ、そのモットーに準ずるなら、住むのくらいは吝かでは無い、けれど、

「引っ越し。となると、結構な手間とお金が掛かるのですが……」
「ふふふ……なんとその辺全部向こう持ちにしてくれるらしいんだよ」

 ものすごく得意気な顔で社長がそう言った途端に、隣のデスクからガタリと小松田くんが乗り出してきた。

「えぇっ! それすごいですねぇ! 良いお話じゃない、みょうじさん」
「そうそう、良いお話なんだよぉ。家賃だって、此処だけの話なんだけど……」
「ふえっ!? そんなお値段で良いんですかぁ!?」
「特別価格って奴だね」
「すごぉい!」

 ……テレビショッピングかとでも言いたくなる光景だ。小松田くんと社長は打ち合わせでもしてたのだろうか。
 とはいえ、社長にごにょごにょと告げられた家賃は確かに、「それで良いんですか!?」と聞きたくなる様な値段だった。

「もちろん、無理にとは言わないけどね。みょうじちゃん次第」

 付け足すように言った社長に、つい苦笑が浮かぶ。何ともかんとも、ここまでお膳立てされてしまったら、寧ろ断る方が失礼な感じじゃないか。……そこまで計算の内なのかもしれない。
 期待の眼差しで見てくる社長(と、何故か小松田くん)に、私は結局、首を縦に振った。

「よし! じゃあ、先方に連絡しておくね」
「とはいっても、こちらも準備が色々あるので、入居は2週間後とかにはなりますよ」
「オッケー、オッケー! いやぁ、助かったよ! あいつも喜ぶぞ」
「良かったですねぇ」

 ま、なるようになるだろう。
 と、私はいそいそと立ち去る社長を見送りながら、私のデスクを侵略する小松田くんのファイルの山を然り気無く整えるのだった。

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