僕らがいます。どうぞよろしく。

□いっぱいほめて
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 さて、色々と向こうが持ってくださるとはいえ、準備片付けやらわたわたと慌ただしく引っ越しが終わり、1、2週間程経ち、やっと落ちついてきたかなという頃。
 件の『座敷わらし達』とやらにはまだ遭遇していない。姿も見なければ気配も兆候も無い。

 バタバタと騒がしくしていたから出なかったというのなら、なんとなく分かる。とはいえ、家主さんは、私にソレらのお世話を任せるつもりで家賃やら何やら特別待遇をしてくれているんだろうから、このまま何もありませんというのも申し訳ない。

 とかなんとか、思いながら、新しい長屋で何度目かの休日を迎えようとしている。
 家自体は古いけれど、風呂トイレキッチンはシステム化されているからありがたい。古いといっても趣のある町屋作りで、『座敷わらし』云々が問題でなかったら賃貸としても高値でやりとりできそうなもんなんだけれど。うーん……。

「……出ておいでー、怖くないよー」

 今日も今日とて、何となくそう声を出してはみても、無人の家にむなしく響くだけ、猫のこじゃあるまいしと、私はため息一つ、冷蔵庫からジュースを出して5つのコップに注いで居間のローテーブルの上に置いておく。一応、これも日課だ。結局私が飲んでばっかなんだけど。

 パソコンに何と無く目を通せば、社長さんからメールが入っていた。

「ん……座敷わらし、の取説?」

 タイトルを見て、なんじゃそりゃと開いてみれば、社長さんが、家主さんから『座敷わらし達』の取り扱いというか攻略法方というか、特徴を纏めたものを預かったそうだ。原本は週明けに渡してくださるそうで、取り急ぎにと原本を写真に取ったものを添付してくださっている。
 一先ずお礼と、良くも悪くもまだ何も起きていない旨を返信し、添付ファイルを開いてみた。

「……ん、んー?」

 開いては、みた……けれども、失礼ながら家主さんが描いたのだろう座敷わらしの姿のイラストがなかなか独特だ。デザイナーのスケッチらしいというのか、ざっくりとした線で描いた落書きというべきか……。
 縦にずらっと五人並んで描かれているその絵の回りにちまちまとメモが書かれている……んー……写真じゃ読みにくいなこれ……下半分くらい影が入ってるし。

「え、と……た、たき? 滝夜叉、丸?」

 一番上に書かれている子の名前は何とか読めた。いや、なんかすごい名前だな。
 後は、なになに……? 鏡が、好き?
 光り物が、好き……と、なんだ、カラスみたいだな。

 残りの部分は良く読めず、週明けにまた確かめようとパソコンを閉じた。

 鏡……鏡か。そういえば……。

 私はふと思い出して、雑物をいれてある箱を開けた。
 両の手に乗るサイズの牡丹柄の巾着。中には漆塗りの手鏡が入っている。裏側にも牡丹が描かれたそれ。少し前になんとなく立ち寄った古道具屋でなんとなく気に入って買ったは良いものの、持ち運ぶにはややかさ張るのでしまい込んでしまっていたものだ。

「えっと、滝夜叉丸さんとやら……良かったら、これあげるね」

 私は巾着の上に鏡を重ねるようにしてそれもジュースを乗せたローテーブルの上に置いて、風呂に入りに行く。

 さっきも言った様に、風呂は手狭ではあれ屋敷の古さに似合わず現代的なシステムバスだ。
 脚はのびのびと伸ばせないけれど滑らかな質感の綺麗な浴槽につかりながら、私はなんとなく、廊下の先の居間の状態を読もうとしてみる。大層な話だけれど、なんというか、脳裏に鮮明に想像するという感覚に近い。プロの霊能力者とかじゃないんで良くわからないけど、多分、いわゆる霊視という奴だろうと思う。

 居間……ローテーブル……ジュース……変化、無し……鏡、巾着……変化……な……

「……あれっ?」

 今一瞬、巾着に影が被った様な、

「…………来たっ!!」

 小さな手が、鏡に手を掛けたのが見えた。

 慌てて湯船から出て、風呂場を飛び出す。身体や髪を拭くのもそこそこに上はキャミソールだけ下に寝間着のスウェットという中途半端な着替えだけで急いで居間へと戻る。

 恐怖心は全く無く、妙にワクワクとした気分だ。珍獣発見的な気分で居間を覗いてみれば、やはり、というか、まさか、というべきか。

 鏡と巾着が消えていた。




「上に何か着た方が良い」

 不意に背後から聞こえた声にバッと音がするくらいの勢いで振り返る。
 何も、いない。
 ホラー映画だと、この次の瞬間、バーンってなるところだ。

「こっちだ。こっち」

 やや低めの声だけれど、意外にもそれが聞こえてきたのは結構下の方からで、目線を下ろせば、そこには子どもが一人、此方を見上げていた。

「……おお」

 思わず感心の声が出た。
 年齢は、見た目からして小学校の1、2年生くらい。
 体の小ささのわりには表情は大人びている。いや、大人びている、というよりも、むしろ……

「どうした? 驚いたか? 恐れるか? だが、泣こうがわめこうが、お前がやると言ったのだから、鏡はこの滝夜叉丸のものだぞ」
「………………はあ。これは、また。綺麗だこと」

 またも思わず、そう呟いた。

 色白の滑らかな肌。整った頬と顎の稜線。それを包むさらさらと指通りの良さそうな深い栗色の髪。見事な富士額。その下の溢れ落ちそうな大きな眼。瞳は髪よりも薄い茶色で、今まさに見開いているせいもあってかキラキラと宝石みたいに光っている。唇は薄桃色をして、一見したら女の子にも見えるけれど、意思の強そうな太めの眉や全体のバランスから男の子だと分かる。平安貴族の子どもが着てそうな着物に身を包んでいて、これがまた、良く似合っていた。

 思っていた以上に、いや、思いもよらず綺麗な子が現れて、私はただポカンとその子を見下ろしている。
 その子はその子でキラキラとした眼を見開いて私を見上げていて、見る間にその白い頬がゆっくりと桃色になってきた。きりっと結ばれていた口元がふにゃふにゃと緩んだかと思えばにっこりとした笑みに変わる。

「綺麗。と、今言ったか?」
「……あ。ええ、はい。」
「綺麗というのは私の事か?」

 そうだと頷けば、その子はますます表情を緩ませる。

「…………そうか、そうか! 見る目があるじゃないか! いや、まあ、当然だろうがな!」

 ふんすと鼻を鳴らしながらその子が胸をそらせば、栗色の髪がサラリと揺れる。

「あなたが、滝夜叉丸さんですか?」
「ああ、そうだ! 私がこの家で最も美しく最も賢く最も優秀で最も強い平滝夜叉丸だ! どうだ! もっと褒めてもよいぞ! ……って、お? お?」

 得意げな顔にかかった髪が気になって、手を伸ばして触れてみる。

「おお……さわれた。レアだ」

 こういう類いが、見えたり聞こえたりはあれどさわれるなんてのは滅多に無い。というか、そもそも今までさわりたいなんて思う様な奴と出会ってきてない。
 可愛らしい口許に引っ掛かっている髪の毛をそっと退かしてやり、そのまま髪を撫でる。見た目通り、さらさらと指通りの良い髪だ。

「凄い。絹糸みたい。綺麗」

 滝夜叉丸さんは、大きな眼をぱちくりとして、それからまたにこーっと笑顔になる。

「そうだろう、そうだろう! 存分にさわると良い!」

 周りがペカーッと明るくなるくらいに非常に嬉しそうに笑う滝夜叉丸さんが、これをきっかけに毎日現れては、撫でても良いぞ褒めても良いぞ騒ぐようになることを、この時の私は、まだ知らないのであった。


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