花と嵐

□何時れかの春
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 忍術学園生物委員会には、虫獸遁術用に使う生き物達以外にも、食堂から頼まれた家畜類の世話も仕事の一つとして課せられている。

「おお、珍しい。孫兵が毒モノ以外を世話している」

「いいや、分からんぞ。毒鶏やもしれん」

「そんなのがいるならお目に掛かってみてえわ」

 生物委員会委員長代理、五年い組の伊賀崎孫兵は、その課せられている仕事の一つとして鶏達に餌をやる手を止める事も無く、ビィドロ玉の様に大きな目だけをきろんと来訪者達に向けた。来訪者達は三人。その内の一人を目に納め、にこりと目にも鮮やかな笑みを浮かべる。

「何の用かな、左門。それに作兵衛三之助」

「俺らはおまけかよ」

 呆れた声を出すのは五年ろ組、用具委員会委員長補佐の富松作兵衛。
 その隣に立つ同じくろ組の体育委員、次屋三之助はその体躯に似合わぬ無邪気な笑いをころころと浮かべた。

「左門贔屓だからなあ、孫兵は」

「そりゃあ輩だからな」

 三之助の言葉に微妙に擦れた返答を返した五年ろ組会計委員の神崎左門は、孫兵のあからさま過ぎる態度等慣れたものと気にする風でもなく、自分も鶏に餌をやっても良いかと呑気な笑顔で彼の隣に立つのである。我も我もと三之助までぬうっと手を伸ばす。
 作兵衛はその様に何時もの事ながら、否、何時もの事だからこそ小さく嘆息を溢す。
 左門、三之助と手の掛かる二人の同輩との付き合いも早幾年か。然し相も変わらずの年齢にそぐわぬ二人の無邪気ぶり。心配性の作兵衛が心休まる日はまだ当面は訪れそうにも無い。

「孫兵の隣室になった編入生殿の見解を聞きに来たんだ」

 ちまちまと餌を啄む雛に目を細めながら左門が明るい声で言った。
 孫兵はひょいと肩をすくめ首を傾げる。

「見解ねえ……」

 興味無さげな反応に、「おいおい」と作兵衛が苦笑した。

「編入生殿は、あの黄昏時の高坂殿の弟君だぜ。学園中が注目してるってのに」

「じゃあ、直接見に行けば良いじゃないか」

 そう言った孫兵の潜めた形の良い眉は「何を回りくどい事を」と言外に語る。
 こういう奴だ、と、作兵衛はまた苦笑した。

「まあ、そうなんだけどさあ。一応孫兵の意見も聞いときたいよなあって思ったわけ」

 態と遠くへ投げた餌に忙し無く走って行く鶏達を楽しげに見ながら三之助が言った。
 孫兵はまた首を傾げ、んー、と、鼻から抜ける様に小さく唸る。

「まあ、毒持ちか毒持ちじゃないかっていうなら断然毒持ちって感じだね」

「いや分かんねぇよ」

「なんだそりゃあ」

 『毒虫小僧』斯くあるべしな孫兵の見解に作兵衛も三之助も呆ける。唯一左門だけが「そうか」と神妙に頷いた。

「どんな毒持ちだ?毒蛇か毒蜘蛛か、毒蜥蜴か、それとも毒蛾か」

「お前は何を聞いているんだ」

「んん……毒蛇、かな。うん、毒蛇っぽい奴だ」

「どんな奴だよ」

「じゃあ、孫兵も仲良くなれそうじゃないか。良かったなあ」

「いや、ジュンコやキミコの方が美人だしね」

「どんな規準だよ」

「作ちゃん、作ちゃん。孫兵と左門の会話にいちいち突っ込みいれていたら切りが無いぞ」

 三之助に宥められる作兵衛であるが、「俺がやらねば誰がやる」とふんすとした目線で答えるのであった。全く良くやるものだと三之助は珍しく苦笑する。

「多分、部屋にいるんじゃない」

 やはり会いに行く方が早いだろう、と、孫兵はそう締めくくり、三人を見る。見られた三人は顔を見合せた。

「それもそうかぁ」

「よし、じゃあ行くか!」

「おいお前らそっちじゃねえ!!」

 御約束なやり取りを繰り広げながらろ組三人衆は走り去っていった。
 それを見送りながら、孫兵はまた肩を竦め、それから独り、小さく笑う。

 実のところ、あの三人が知りたかったのは編入生の人となりよりも、気難しい質である己と上手くやれる人物であるかという部分だったのだろう。
 数年前の己なら気付かなかったろう輩達の気遣いに、孫兵はこそばゆいものを感じるのである。
 『注目の編入生殿』とはまだ殆ど言葉を交わしてはいない。上手くやれるかは分からぬが、人の友に関しては彼等がいるだけで別段自分には充分だと、孫兵は愛蛇の為の卵を貰おうと、鶏小屋へ踵を返すのだった。


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