花と嵐

□その息女
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 黄昏時城が主、黄昏甚兵衛には娘が二人いる。息子は一人いた。

 上の娘は齢十四で他国へ嫁ぎ、黄昏時には既にいない。
 他国へ嫁ぐ。それは人質でもあり、また、他国の情勢を伝える間者としての役割を持つ。武家に生まれた女の宿命だ。
 そして武家に生まれた男児はといえば、嫡男であればそれは何時れ、家督を継ぐ者であり、家名の存続の為に極めて重要な存在である。

 黄昏時には家督を継げる男児は一人いた。いたが、齢五つになるまでに胸の病を拗らせ呆気なくこの正室の子は天去する。

 家臣達や生母たる正室の嘆きの内にそのまだ録に歩いてもおらぬ稚児がこの世を去った二日後、側室の腹からこの世に出でたのが、末の娘、凪姫である。

 待望の男児の忌去、その後に生まれた子はおなご。腹の子の男女等儘成らぬものではあるが、凪が産まれた折りの城主黄昏甚兵衛の落胆と憤怒の様は筆舌に尽くしがたいものであった。

 それから、暫くの後、女中、御母堂たる側室、家臣を一同に集め甚兵衛は宣う。

「此れには琴も花も紅も持たさぬ。此れは男子だ。儂はこれを武将に育てるぞ」

 どよめく中、更に留目とばかりに口は開かれた。

「此れの顔立ちを見よ。姫としての行く末など到底望めぬ器量だろう」

 確かに、凪の顔はいとけない姫御前と捉えるにはいささか勇ましさに過ぎる嫌いはあったかもしれない。
 側室の父方の血からぎりぎりと釣り上がった眼と浅黒い肌を、御母堂からは控え目に低い鼻を、そして不機嫌そうに下がった口角と不遜な雰囲気を甚兵衛から貰い受けたその面差しはちんくしゃな獣の子の様。

 然し、当然ではあるだろうが、産み落としたばかりの我が子を、娘を武将にする等と言われた上に醜女であるとまで言われた、それも自身の殿の口から聞かされた側室はその場で卒倒。女中達の霰もない叫声と、家臣達の驚愕と戸惑いの怒号が響き渡ったのである。

 そんな仰天同地、阿鼻叫喚の中、ぴくりとも泣かぬまだ赤子の末娘を眺めて甚兵衛は満足げに笑う。正しく地獄絵図の様式であった。

 さて、その様な諸々の事情が絡まり、奇しくも男児として育つことになった凪であったのだが、甚兵衛の読みは、その実見事当たっていたのである。
 この凪姫、やれ立てるようになったと思いきや、あっという間に走り回る様になり、四歳で木に登れる様に、馬に乗ろうとしては蹴落とされつつ六歳で扱いを覚え、家臣の家の男児達と剣術遊びを交え尽く打ち負かし、果ては泣かし、方々の山々を駆け巡っては野兎やら雉やらを弓で狩るといった、とんでもないお転婆姫としてすくすくと成長していくのである。

 そうして今や黄昏時では凪を姫と呼ぶものは殆どいない。


「ああ陣左、今朝、嵐様が慧照寺から遁走したらしいよ」

 まだ山の端に雪が残り、空気は身の切る程の冷たさ、初春。
 黄昏時領の片隅、黄昏時忍軍の演習場にて、一人の男がその言葉に柳の眉を潜めた。


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