花と嵐

□日向差せば影もできる
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 忍術学園用具委員会は、前委員長の卒業後に年功序列として当時五年生に進級したろ組の浜守一郎が委員長代理となり、そのまま六年生へと進級すると共に委員長となった。

 だが、彼はもとは編入生の身の上であり、他の六年生達と比べると修学の日も浅く不馴れな事も少なくは無い。
 そこで、前委員長の『頼んだぞ』の一言にも推されつつ、委員長補佐として富松作兵衛が着き、用具委員会は実質二名の委員長で運営しているというのが現状であった。

 富松作兵衛は、一年生時より用具委員会に所属している。
 身丈がある訳では無いが頑健そうな体つきに、ややつり目がちな顔だち、ぽんぽんと勢い良く喋る様は端から見れば喧嘩っ早く粗野な青年に見えるのであるが、所がどうして、富松作兵衛ほどに良くも悪くも細やかな男は学園広しといえどもそうはいないのでは無いだろうか。
 というのが、彼を良く知る者達の、彼に対する評価である。

 その、作兵衛が、件の用具委員会の仕事のひとつで、生物委員の備品である飼育篭を、生物委員会委員長代理は五年い組の伊賀崎孫兵へ届けんとしていた最中の事であった。
 持てる限りに篭を持ち、孫兵がいるであろう飼育小屋へと向かっていた作兵衛の足が、ふと止まる。

 何かを争う、否、某かが一方的に捲し立てる声が聞こえてきたのだ。
 作兵衛は暫く其処に立ち止まり、目を細める様にしてその声が聞こえてきた方角をじっと見る。
 彼の直ぐ側にある武道場の裏手からそれは聞こえてくる。
 どうするか、とほんの一瞬迷うが、声の質や途切れ途切れに聞こえてくる内容がどうも穏当とは思えないものであった為に彼はそろりと武道場の壁に添うようにして裏手へと向かうのだった。

 壁に身体を着けて首を伸ばしながら覗き込む。

 五年の制服が、四人。
 三人が一人を囲むようにして口々に罵っている。
 囲まれている一人を見て、作兵衛はぎょっと目を見開いた。

 編入生の、高坂凪雅である。
 何やってやがんだ。と、作兵衛は胸中で、その囲む三人へとも囲まれている凪雅へともなく呟いた。
 凪雅は険悪な表情の三人の生徒に囲まれ、口汚くまた挑発的な罵りを受けているのであるが、当の本人はあの唐獅子めいた顔を歪める事もなく、憮然としたへの字口の上の、作兵衛のそれよりもつり上がりぎろんとした眼でじろりじろりとその三人を見比べている。
 作兵衛はその光景につい見いってしまった。が、はっと気を取り直し壁の影から歩み出る。
 凪雅が本当の所はおなごで、しかも、只の娘ではなく黄昏時城主の息女、つまりは姫御前である事を知るのは作兵衛とその仲間内だけである。
 此処でもし、凪雅に傷でもいったら、黄昏時はどの様な怒りの火の粉を学園に向けるやら。と、心配性の彼の思考は其処まで飛躍し、加えて単純に、男子たるものおなごは助けねばという紳士的精神が彼を動かした。

 然し、間が悪かったというのか、作兵衛がその口を開いて彼等に声を掛けようとしたその僅か先に、凪雅の低く然し、良く通る声がその場に落とされた。

「先程から全く儂の問いの答えになっておらぬのだが、おぬしらは人とまともに話もできぬ阿呆なのか」

 作兵衛はまたもぎょっとする。
 何を言い出すかと思えば、煽りにしか聞こえない物言いであった。
 当然のごとく、三人の怒気は更に上がり、内の一人が「この野郎」と叫びながら凪雅の肩を強かに突き飛ばし、蹴りを腹に入れんとした。

「おいっ!」

 ああ、不味いと作兵衛はその場に篭を投げ出し駆け出そうとしたが、それよりも前に凪雅が動くのが見えた。

「ばぁっ!?」

 叫んだのはその蹴りを入れようとした生徒。
 叫ばしたのは凪雅の拳。
 一片の躊躇もなく、その鼻柱に向かって突き出された拳であった。

 メシャリともゴキリとも取れる様な鈍い音がして、殴られた彼は後ろへと倒れる。
 ぴっと鼻血が飛ぶのすら見えた。
 残り二名は怒りの様な恐怖の様な叫び声をあげる。作兵衛もまた同じであった。
 殴られた生徒は鼻面を押さえて、はがはが、ひぃひぃと声をあげている。

「殴りやがった!」

 二名の生徒達がそう騒げば、凪雅の表情が初めて動く。
 片目をすがめて首を僅かに傾げて地面に転がる男を見下ろした。

「蹴ろうとしおったからな。なんだ、鼻血ごときで情けない……ああ、忘れておった」

 凪雅は徐に足元から一握の石礫を取り上げる。それをぐっと拳に握り込みごきりと肩を鳴らした。 
 凪雅は笑顔である。然し、獣が牙を向いているの様な不敵な笑顔であった。

「して、次は誰じゃ」

「ちょっ、待て待て待て待て!!」

 まさかそれで殴るつもりかと、作兵衛は寧ろ相手の方が危険だと弾かれた様に声を上げて再び駆け出す。
 それを凪雅への助太刀と勘違いでもしたのか、それとも凪雅自体に怖じ気付いたのか、二名の生徒は途端に慌てた様子でへたり込んだ一人を抱えあげるとわあわあと走り去っていったのだった。


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