花と嵐

□徒花も枯れ木も
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※前半はオリジナルキャラが出張っています。今後も物語に関わってくる主要キャラではありますが、苦手な方はスクロールか下ボタン連打で次のページへお進みください。また、オーマガトキに纏わる捏造設定があります。




 慧照寺は、黄昏時城の鎮座する山の麓付近にある。
 黄昏家の菩提寺である其処へ、その日訪れた男を門前で迎えたのは慧照寺の和尚、妙徳であった。

「お久しゅうございますな。虎丸様」

「はて、和尚は何時の頃の名を呼んどるんだか」

 男の返しに、妙徳は「ほっほっ」と山鳩が鳴くような笑い声を溢す。
 男も穏やかな笑みを浮かべながら、己の幼名を呼ばう小柄な老僧を見下ろした。

「齢二十を越え、家督を継いだ男でも、和尚に掛かればまだまだ稚児という訳か」

 妙徳は、また「ほっほっ」と笑う。

「元服なされたのがついこの間かと思いきや、はてもまあ、月日が経つのは早いものですな常久様」

「うむ。本日は此方にて凪姫様にご謁見の約束がある」

「ええ、伺っております。こちらへ」

 妙徳の案内で、男は門を潜る。
 
 男の名は、有明常久。
 黄昏時の東、有明城の主にして、黄昏家中稀代のやり手として広く名が知られている。

 有明城は黄昏時領の東に砦を構える城である。
 この城は先の内乱で一度落とされ、当時の城主であった常久の父、有明政常以下その家臣諸とも撫で切りとされんとしたのであるが、其処から唯一、数名の家臣と共に落ち延びたのが常久、当時の名は虎政であった。
 虎政はその後、十日の内に政常と懇意であった土豪の兵を借り受け城を占拠していた毒山鳥の兵二千を壊滅せしめ有明城を奪還。名を常久と改めて、有明家の家督を継いだのである。
 焼け落ちた有明城跡に父と家臣の墓を作り、石垣の上に黄昏家と有明家の旗印を立てたという『常久の城戻し』と呼ばれる黄昏家中屈指のその武功ぶりに、黄昏家当主の黄昏甚兵衛は褒美として有明の城と砦を常久の為に新しく建てたのだった。

 齢二十五。身丈もあり頑健な体躯をしているが、頬骨の張り出た上にある目はひじきを並べた様に細く、常に穏やかな笑みを浮かべている様な顔立ち。
 猛々しい武人より寧ろ気の良い百姓を思わせる朴訥とした印象は、小夜川の豪族衆に睨みを利かせている強者という評価からは少しかけ離れている。
 然しながら、和尚に通された部屋に座する仕草には無駄が無い。一見、庭をぼんやりと眺めているかの様な眼差しからも、奥から放つ光に隙の無い機知を見てとれた。

 さあて。と、常久は胡座に立てた肘に顎を乗せる。太い指で頬骨を引っ掛けるように顔を掻くのは、彼が思案を巡らす時の癖であった。

 黄昏家のお転婆姫が元服と聞いた時は一瞬、何の酔狂かと思いきや……どうやら殿は大真面目の様だな。と、常久は顔を掻きながら考える。

 鷹千代丸様もおられる今、小夜川を全て抑え込めるのであればそれに越した事は無い。そこで、黄昏甚兵衛直系の嫡子が兵を率いる事で家臣達の士気を上げ、小夜川の豪族共に黄昏家の威厳を見せ付けようと、まあそんなお考えであられるのだろう。
 問題は、その直系の嫡子がおなごである事か。とは言ってもそれを知るのは黄昏家中の筆頭のみ、その下や民草に伝わっているのは殿の御世継ぎ『嵐様』。箱を開けば御飾り大将であっても与える影響は大きかろうな。そこに、有明の私が力添えとくれば尚の事。
 気にかかる事は、凪姫が元服と同時に忍術学園へと遣られている点。これについての殿の意向は今一はかりかねる。黄昏家の跡目争い……と思わせたいのだろうが、よりによってそこへ追いやるとは、まだ何か隠された意図があるような気がしてしまうな。

 ……と、常久は、凪姫からの書状を受けた日から考えてきた事をまた何度目になるのか反芻し、部屋をぐるりと見渡す。部屋の隅に置かれた碁に目を留め、それを引き寄せて独り碁盤に石を並べ出した。これもまた、常久が思案を巡らす時の習慣であった。

 ぎ、と、廊下の軋む音に、常久は顔を上げる。
 開け放たれている部屋の入り口に、僧服を着た子どもが一人立っていた。

 子ども、と言うより、若者と言った方が良いかもしれない。見た目の年の頃からしてそろそろ元服だろう。
 剃髪はしてないが、寺で修業中の小僧だろうか。然し気迫のある面差しだ。と、常久はその若者の顔の左頬の白い当て布から覗く赤黒い肌や、全体的に褐色がかった顔からぎろりと此方を睨む様な眼や、ぐっと引き締められたへの字の口元やらを繁々と見る。
 若者は常久の目線に微塵も怯む事無く部屋の内へ入ると、手に持つ盆から常久の前に茶器を一つ置くのであった。

「遅くなりすみませぬな…………碁をなさるので」

 茶を出すのが遅いと詫びたのか。それにしては、悪びれてる様子もない若者は、立ち去る事もなく座したままに常久と碁を見比べる。
 不躾なのやら、堂々としてると言うべきか。常久は苦笑を浮かべ、白の碁笥をその若者に差し出した。

「待ち人が来るまでの間、どうだ。相手をしてくれまいか」

 若者は常久の手にある碁笥をじっと見て、それからまた、常久を見る。
 睨む様な顔立ちがくしゃりとくずれた。低い鼻筋に皺を寄せる様な歪めたそれが笑顔らしいと常久が気付いたのは若者が碁笥を受け取った後であり、その笑顔に妙な既視感を覚えた瞬間、若者が放った言葉に常久の思考は止まる。

「おぬしの待ち人ならば此処におるぞ常久」

 白石が、碁盤に置かれた。

「………………その方は、凪姫様にございまするか」

 心中の動揺が一切顔に出ないのが、常久の強みである。

「ああ、今は名を凪雅と改めた」

 と、黄昏甚兵衛の嫡子。黄昏凪雅は答えた。

「何故に僧服を」

「来た途端に粗忽な小僧に掃除の汚れ水を掛けられてな。如何仕方なくこの様な成りで失礼した」

 常久は碁盤に目を落とした。
 参ったなこりゃと、頬を掻いて、黒石を置き、胡座を正す。

 先程の既視感が何であるかを思いだした。

 ……殿に、黄昏甚兵衛様に初めてお会いした時に甚兵衛様がこんな顔で笑われた。まるで瓜二つであった。
 成る程、これを姫としなかった殿をもう酔狂とは呼べない。

「失礼は此方です」

「まあ、良い。で、どうする」

 凪雅は、また顔を歪める様な笑みを浮かべて白石を置く。

「今日はこのまま、凪姫と碁を打って終わるか。それともこの黄昏凪雅と、小夜川を鎮める算段を一つ練ってみるか」

 常久は、ひじきの様な目を更に細める。

「若輩ながら、尽力致しますぞ。凪雅様」

 黒石の、碁盤に置かれる音が、一際大きく、パチリと響いた。

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