花と嵐

□徒花も枯れ木も
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「じゃあ、黄昏時に呼ばれたのは本当にただの髪結いとしてだったんですね」

 疑念の混じる声でそう畳み掛ける六年ろ組の田村三木ヱ門の目の下には今日も薄く隈が渡っている。

「うん、でも実習中に抜け出ちゃったから結局補習になっちゃったよ」

 潮江君みたいに、これはもう染み付いて取れないのかもなあ。みすぼらしいというよりも寧ろ目力のある感じになっているのは流石だけれど。と、六年は組の斎藤タカ丸は密かにそう思った。
 自室には三木ヱ門の他に後二人の同輩、い組の平滝夜叉丸とろ組の浜守一郎がいる。彼等は先日の野戦実習の反省会で集まっていた。
 かつては『団結力の無い』、『協調性に欠ける』と評されていた学年集団ではあるが、人当たりの良い質のタカ丸や仲間を重んじる守一郎等も加わり、こうして最高学年までに精選され進級してきた今では我の強さを残しつつもそれぞれが必要最低限は歩み寄る姿勢を持ちつつあった。約一名を除いての話ではあるが。
 タカ丸は時を見ようと部屋の外を見る。昼下がりだ。もう粗方反省会は終えてしまっている。

「喜八郎は、今日も穴掘り?」

 タカ丸の問いに、滝夜叉丸が小さく息を吐いた。

「分かりきった事でしょう」

 刺のある物言いだったが、滝夜叉丸は別段タカ丸を責めている訳でも無い。常から件の同輩に手を焼いてるのは寧ろ滝夜叉丸である事をタカ丸も知っているから、柔らかい苦笑を返すだけである。

 四年い組の綾部喜八郎。
 元々『協調性に欠ける』という学年評の代表格の様な、一貫して我関せずといった性格ではあったが、少し以前であればこういう集まりには混ざっていた様に思う。根は真面目で、内輪を重んじる性格なのだとタカ丸は解釈していたが、最近の喜八郎はタカ丸にも少し分からなくなってしまっている。
 端的に言えば己の殻に綴じ込もっている、とでも言うのか、饒舌で弁の立つ滝夜叉丸とは対照的に余計な事は喋らない奴ではあったが、更に寡黙になった様に思う。

「相変わらずですよ、態度や目線一つで相手に伝わるもんだと思ってるのでは無いですかね」

 先程まで考えていた事を滝夜叉丸が口にして、タカ丸はまた苦笑を浮かべた。

「お前がそれを汲み取って甘やかすから図に乗るんじゃないか」

 三木ヱ門の言葉に、滝夜叉丸はひくりと片目を眇めた。
 タカ丸は守一郎と顔を見合わせる。三木ヱ門は言い得て妙だが、その言い方で次の展開がどうなるかぐらいはそろそろ学習して欲しい所だ。

「……言葉無くして人心を汲むのも忍の術。優秀な私にはできて当たり前の事だからな」

 然し、今日の滝夜叉丸は舌戦を繰り広げる気分では無かったようで、そう自慢気に芝居がかった仕草で髪を払うのみだった。タカ丸と守一郎はまた顔を見合わせる。守一郎の目には安堵の色が見えた。多分、自分も同じだろうなとタカ丸は思う。

「ああ、そうだ。昨日、うちの三之助が委員会中に聞き齧ってきた話があるんだが」

 思い付いたままに話し出す男だ。社交性の違いはあれど、我が道を行く点では滝夜叉丸は喜八郎と良い勝負であった。
 然し、唐突に始まりながらも、周りの三人は滝夜叉丸に注視して、話し出すのを待つ姿勢になる。自惚れ屋と揶揄されてはいるが、何だかんだで目立つ容姿と言動も手伝ってその求心力は学園でも屈指である。

「逢魔ヶ時に鉱脈が新たに見つかったそうで、働き手を募っているらしい」

「逢魔ヶ時に……?次屋はそれをまた何処で聞いてきたんだ」

 三木ヱ門が聞いた。滝夜叉丸はまた少し顔をしかめる。

「西の三国峠近くの茶屋で旅芸人達から聞いたそうだ」

「そうか」

 三木ヱ門はそれ以上は聞かない。
 此処から三国峠は近道でも山二つは向こうだ。委員会中の五年生、六年生不在時の委員長代理が何故そんな所にいたかなど聞いても詮の無い事であるのを、三木ヱ門は己直属の後輩から思い知らされている。
 
「……逢魔ヶ時って事は、その鉱産物の利益は黄昏時のものになるのか」

 顎を擦り思案の表情で守一郎が呟く。
 逢魔ヶ時はかつて黄昏時との戦に敗れ属国となっている。この逢魔ヶ時家の前当主と黄昏家当主黄昏甚兵衛の取引に纏わり、忍術学園が大立回りをしたのが数年前の事。

「ああ、国の豊富な鉱脈の利潤を黄昏時に差し出すのを引き換えに逢魔ヶ時家は血を絶やさず済んでいる。これで、また逢魔ヶ時家は生き延びれるし……黄昏時も豊かになるという訳だ」

 滝夜叉丸は先程のタカ丸の様に部屋の外に目をやる。
 何て事無い春の穏やかな日だ。
 然し、それを眺める滝夜叉丸の視線は少し固さがある。

 タカ丸は、また小さく息を吐いた。
 黄昏時城。
 数年前の、先輩や先生方に守られていた時分とは段違いに、その名は重い。
 忍術学園の、何処にも属さぬという立場の、針程に細い道を縫い進む危うさと共に、その重さは自分達の肩に背に染み込むようにのし掛かる。
 だが、これは皆、あの先輩方も進んできた道なのだ。そう思えば、ほんの少し、心強い。

 そうだ、そういえば、と、タカ丸は顔を上げた。

「黄昏時忍者隊から、編入生が入ってきたんだよね。その子からも何か話を聞けるんじゃない?」

「ああ、私もそれは思っていました。ただ、高坂凪雅の編入の経緯が分からない部分もあるので、事は慎重に行かないといけませんが」

 三木ヱ門がそうタカ丸の提案に答える。守一郎も頷いた。

「作兵衛が言っていたが、凪雅君は今、黄昏時に帰っているらしいぞ」

「なら、いっそう。何かしらの情報を持っているかもしれんな。だがやはり相手は黄昏時忍者隊の息が掛かっている者。出方はまた考えよう」

 そう、滝夜叉丸が膝を打って立ち上がり、それが合図のように反省会は終わりとなった。
 結局、喜八郎は来なかった。
 タカ丸は座の中心に一つ残った饅頭を見下ろす。件の黄昏時忍軍忍組頭から髪結いの礼金と共に頂いたものだ。

「これ、俺が貰うね」

 それを懐紙に包んでタカ丸も立ち上がる。滝夜叉丸が少し物言いたげな表情で見てきたのに、柔らかい笑みを返した。

「喜八郎、どうせお腹空かしてるだろう」

「ありがとうございます」

 滝夜叉丸も、笑みを返す。
 彼にしては珍しく控えめな、そして苦いものの混ざる笑みだった。

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