花と嵐

□近付いて見れば存外単純
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「なあ、あれは一体どういった状況なんだ」

 そう宣う己の同輩に、んなもん俺に聞かれても困る。と、五年ろ組の富松作兵衛は思った。
 だが、そう宣った作兵衛の同輩、神崎左門としては、思ったままを言っただけであった。別段明確な答えなどは期待しない問いであって問いでないような発言であった。なので、しかめた眉間の作兵衛が曖昧に首を振るのも目に留める事もなく『あれ』と称した光景を呆けた顔で見ている。その隣席の次屋三之助もその様子はまた同じく。場所は昼下がりの食堂である。
 五年生は早朝から校外での実技の授業であった。今日も今日とて方向の勘が壊滅的な二人の同輩にいらぬ世話もとい振り回された作兵衛は、漸く学園へと戻り、二人の同輩と空きっ腹を抱えて遅めの昼食を取りに食堂へと来ていた。
 左門が『あれ』と称した光景は食堂にいた先客の一団である。
 作兵衛達より一年上の六年生の五人組。見目も派手なら性格の癖も強い、彼等が集団でいる時は出来るものならば極力関わりたくは無い。だが、そんな集団の中に一人、五年生が混ざっている。
 その、五年生。表向きは、黄昏時忍軍の高坂陣内左衛門の弟。作兵衛達五年生の六名だけが知るその内実は、黄昏時城城主が黄昏甚兵衛の息女。女だてらに黒髪を結うた姫武将、凪雅が今、何故か六年生の談笑の輪の中にいる。
 いや、談笑とは言っても、主に喋っているのは六年い組の平滝夜叉丸、その好敵手の六年ろ組、田村三木ヱ門だ。何れも御得意の自慢話、己が武勇伝をつらつら滔々と語っている。
 身振り声量煩い二人と相席の六年生達。その内の一人、六年ろ組の浜守一郎は時折、三木ヱ門と滝夜叉丸の自慢話に間の手もとい茶々を入れている。当の二人はその茶々の耳触りの良い部分だけを器用に汲み取り、ますます語りに熱が入る。
 六年は組の斎藤タカ丸が熱心に話し掛けているのは、六年い組の綾部喜八郎と隣席の凪雅だ。喜八郎は相も変わらず愛想の欠片も無い黙りの無表情で、凪雅はまだ少し言葉を返したり笑みを浮かべたり等はしている。
 纏まっている様で、その集団は傍目には全く纏まりというものが無いのであった。

 凪雅は先日、所用で黄昏時に帰っていた筈だ。ああ、そうであった。その所用の詳細も気にはなっていたのだが、それよりも何故今彼女は六年生に囲まれているのだろうか。
 と、思いはすれどあの集団に突撃できる気概は実習で疲れている今の作兵衛には無い。ずずりと饂飩を啜り、未だ呆けた面で六年生と凪雅を見ている左門と三之助の頭をぺしぺしと叩く。

「饂飩が伸びるぞ。早く食え」

「なあ、作兵衛。あの自惚れ二人、段々俺らのけなし合いになってきてんだけど」
 と、三之助は眉を潜める。
 三木ヱ門は左門の、滝夜叉丸は三之助の委員会直属の先輩である。

「ほっとけ」

 己の預かり知らぬ所で左門と三之助に諸々の迷惑と手間を被っているだろう両先輩にはある種の共感を覚えている作兵衛なのであった。




 然し、まあ、さても良く喋る者達だ。
 と、凪雅は思う。思えば、腫れが退いてない片目がひくりとする。

「ああ、そう言えばこの私が三年生時の話をまだしていなかった。私は学園入学の折から稀代の天才と密やかに噂されておったのだが、この年に開催された武道大会こそがその密やかな囁きと羨望の眼差しを白日の元に晒したのだ!然るにこの私、武道大会の最年少優勝者としてその名を輝かせて……」
「いや、現行の最年少優勝者はきり丸だって俺聞いてるけど?」
「私を語るにはやはり、私と火器の出会いから話さなくてはならないな。それは二年生の折、風薫る五月の頃、運命の悪戯か上級生の実習場所に迷い込んだ私が見たのが石火矢だったのさ!その華やかな音と武骨さと優美がせめぎ合う砲身。まさに出会うべくして出会ったとしか思えない程の衝撃に襲われた私は……」
「今さらっと迷い込んだつったけど、まさか三木ヱ門も迷子癖だったわけ?」
「そう言えば、凪雅君の髪って良く見ると凄く手入れされてるね。こしも艶もあるし黒々として結い甲斐がありそうだなあ……ああ、そうそう。この間町に行った時にね……」

 滔々べらべらとした六年生達の一人は此方に熱心に話し掛けてくるものだから、凪雅はそれには時折言葉を返している。とは言ってもあまりのかしましさに圧倒され何を言ってるのか所々を聞き飛ばしてしまってはいた。
 穴に落ちた所を助けられ、捻った足の手当てもして貰った恩義から連れられるままに素直に着いてきた。その事を凪雅は今、うっすらと後悔している。そもその恩義は、隣に座る黙りの青年に対するものだけだ。
 かしましい賑やかにわやわやとした六年生達から一線を引くように、事実、凪雅を間に挟むようにしている喜八郎は別世界の静けさである。
 頃合いを見て退散しよう。と、湯飲みをぼんやりと見下ろす凪雅は然し、わやわやとした話声から聞こえてきたものにふと引っ掛かる。

「血は争えないという奴かもなあ、三木ヱ門。何せあの神崎左門の先輩だろうがお前は」
「ただの先輩後輩に血の繋がりなんてもんがあるか阿呆夜叉丸。お前のとこの独活の大木よりかはまだマシだ」
「迷子癖に悪気が無い神崎よりは、自覚の無い三之助はまだマシだ」
「自覚も無しに山三つもはぐれていくふらふら野郎の何処をマシと言うんだか」
「結果として逢魔ヶ時の情報を持ち帰ったぞうちの三之助は」
「んなもん結果論だろうに」
「愚かなり三木ヱ門。結果を重んじるのが忍の世界だ」

「…………逢魔ヶ時」

 つい、呟いた。
 顔を上げた途端、凪雅は、平滝夜叉丸と目が合うのだった。

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