花と嵐

□気に食わねども良しとする
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 昼下がりの食堂であった。


 あの見目ばかり派手な奴等の中に入っても中々どうして見劣りのしない奴だなあ。

 と、五年ろ組の次屋三之助は遅めの昼食を頬張りながら思った。
 三之助が言うところの『見劣りのしない奴』とは彼の同輩たるい組の編入生、高坂凪雅の事であり、『見目ばかり派手な奴等』というのは、凪雅を囲っている六年生の面々である。同輩にはともかく、先輩に対して少々不敬な見方をしている三之助であるが別段その事に悪気は無い。
 『無自覚な方向音痴』と長年評価されている三之助は良くも悪くも己が思う事に素直な質なのだ。
 三之助には、自分の委員会直属の先輩であるい組の平滝夜叉丸や、彼に似たり寄ったりな癖の強い面々の事を手放しに尊敬は出来ない色々と複雑な心情というものがある。
 恨み妬みに近いがそこまで泥々と重たくも無く、嫌いとは言えないが好ましいとも言えないこの感覚。所謂反抗心という奴なのかもしれないが、その辺は『無自覚』だったりするのが三之助の質の悪い部分なのだろう。

 基本は素直であるが、所々鈍く、故に妙な部分で頑迷(がんめい)
 それが、次屋三之助という青年の概ねな人となりだ。

 三之助は、どういう経緯なのか六年生の面々に囲まれ居心地悪気に湯飲みを見下ろしている凪雅と、そんな凪雅に全く頓着せず何時もながらにかしましい六年生達の様子をぼんやりと見ている。
 そんな三之助の頭をぺしりと叩く手。

「饂飩が伸びるぞ。早く食え」

 同輩の富松作兵衛だ。『世話焼きで気にしぃの作ちゃん』と、三之助は彼をそう胸中で呼ぶ。そこには長年積み重ねてきた深い親愛と、耳掻き一杯程度の、一抹の揶揄が混ざっている。

「なあ、作兵衛。あの自惚れ二人、段々俺らのけなし合いになってきてんだけど」

 滝夜叉丸と彼の好敵手であるろ組の田村三木ヱ門の熱弁は、次第に互いの後輩である手の掛かる迷子双璧の評価に奮われ出している。
 三之助に負けず劣らずの、『決断力のある方向音痴』である神崎左門の委員会の先輩は三木ヱ門だ。
 
 お前のとこの後輩はどうたらうんたら……その後輩は此所にいるっての。

 眉を潜める三之助に返ってくる作兵衛の返事は「知るか、ほっとけ」とすげないもの。

「目くそ鼻くそを笑うだな」
 と、笑う左門。
「自分で言うかそれ。何の自虐だよ」
 と、呆れる作兵衛。
「どっちが目くそでどっちが鼻くそだ?」
 と、三之助が左門に問えば、それは難しい問題だなと妙な真剣さで腕を組むのである。作兵衛は盛大な溜め息を着いた。三之助は笑った。

「では、朝三暮四と言い換えよう。けなそうがくらべようが我ら互いに方向の勘が無いことに変わりなしだ」

 落ち着き無さげに動物的な雰囲気のある左門だが、存外に機知に富むとでも言うのか、時折皮肉が効いた事を言う。無邪気に明るい笑顔を着けて宣うものだからあまり嫌味には聞こえず、三之助には耳に楽しいのだが、作兵衛はまた溜め息を吐くのであった。
 そんな風にわいわいにぎにぎとやっていれば、ふと視界の隅で凪雅が立ち上がったことに気づいた。
 華やかな容姿をした六年生達の中に机に手を着いて立つ凪雅は、褐色気味の肌も合間って妙に目立つ。

 牛蒡みてえ……いや、色は黒いけど牛蒡程ひょろっこくもないしなあ。滝夜叉丸らと合わせて見ると、何だろう、あれみたいなんをどっかで見たぞ。

 そうぼんやり思っていれば、凪雅は席を離れて、つかつかと、食堂の隅から此方へとやって来る。
「うえっ」
 と、背後から作兵衛の呟きが聞こえた。
 ぎろんとした凪雅の眼はしっかと此方を、三之助を見ている。

「ああ、そうか。唐獅子牡丹だ」
「……何を言っとる」

 滝夜叉丸達が牡丹で、唐獅子が凪雅だ。思い付いたままに口に出せば、あっという間に三之助の前まで来て睨むように見下ろしてくる凪雅が、怪訝そうに野太い眉を潜める。
 目付きの悪さ。低い鼻にへの字を結ぶ口許。やはり御獅子にそっくりだと三之助は思う。

 凪雅は三之助の隣の左門、向かい側の作兵衛、そして三人の前に置かれた饂飩の鉢へと目を移していく。
 大きさもあり三白眼気味であるものだから目の動きが良く分かる。

 訓練しなけりゃ忍には向かない顔立ち。まあ、毒獅子は忍になる訳じゃないしなぁ。

 と、三之助は凪雅の目の動きを観察しながらずずずと饂飩を啜る。
 『毒獅子』とは三之助が胸中で凪雅を呼ぶときの密かな渾名だ。これは『作ちゃん』とは違い、揶揄が多分に混じっている。

「三之助」
 凪雅の目が三之助へと戻ってきた。
「んあ……なに?」
 口に入れ掛けていた油揚げを汁の中に戻して三之助も凪雅を見上げる。

「食事が終わってからで良い。少し話せるか」
「おー。いいぜ」

 そう答えながら、三之助は背後から何人かの視線を感じる。

 忍べよ滝夜叉丸。

 と思いかけて、

 いやこれは態とか……また面倒な事に巻き込む気だな。

と思い至り、もぐもぐと油揚げを頬張る三之助だった。

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