花と嵐

□雲が掛かれば晴れ間もある
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 逢魔ヶ時は、鉱山と薬草で財を成した国であった。
 鉱脈のある山麓の集落は鉱夫と、その家族、鉱夫を雇う者達、それを相手取る商家や行商の者達が集まり賑々しい町となっていて、其処に漂う空気は豊かな活気に満ち溢れている。
 その町の一角、団子屋にいる一団。
 出て行く者も入ってくる者も多いこの土地において見知らぬ顔触れ程度では然して珍しいものでは無かったが、その一団が少しばかし目を引いていたのは年頃の近そうな若者が七人も固まっていたからなのかもしれない。

「良く栄えているけれど、空気は埃っぽい」

 加えて、そう小さく咳込む青年達の一人が女雛の様な優美な見目をしているせいもあるだろう。通りを歩く若い娘や好色そうな男達が幾人振り返った事か。

「でも団子は美味いぞ」
「餅も良い味をしてるな」

 美青年に少々ずれた返しをする二人、餅を頬張る一人は背の高そうな飄々とした雰囲気の青年。もう一人は、さらりと指通りの良さそうな髪をした快活そうな然し少し幼げにも見える青年。
 その間に挟まれる様にした意地の強そうな眉間の皺深い青年が呆れた様な溜め息を吐いた。
 美青年とその三人組が据わる縁台は街道に面している。そのすぐ後ろにある縁台にはもう一組の三人が座っていた。

「さて、件のものは無いようだけれど」

 と、肩を竦める青年。理知的な眼の上のその前髪は跳ね上がった癖がついている。

「それに近い話も聞かなかったね……どうしましょうか、御嬢様」

 その隣は温和そうな面差しに良く似合う柔らかくうねった髪をした娘。
 そして彼女がそう声を掛けたのも若い娘だ。
 その娘の容姿も、またある意味では目立つものであった。
 被衣に身に付けた着物は縫い取りもの。加えて『御嬢様』と呼ばわれるからには良家の子女であろう。
 然し、被衣の影から覗くその目付きは良家の子女にしては些か鋭さに過ぎた。黒髪には艶がありそうだが、顔立ちは色白とは程遠く褐色がかってすらいて、そこに憮然としたへの字口も加わり……端的に身も蓋もなく述べれば、醜女の部類に入りそうな顔立ち。

「おい、三之助」

 そんな色黒子女はげしりと前の縁台を蹴り着ける。
 それにびくりと肩を震わせたのは、眉間の皺深い青年だった。

「なんですかぁ。御嬢様」

 何処かおどおどとした眉間の青年とは対照的に飄々のらくらと色黒子女を振り返ったのは隣席の背の高そうな青年であった。つまり、彼が『三之助』である。色黒子女の野太い眉がぎりっとつり上がっている。

「まこと、お前が聞いた話に違いは無いのだろうな」
「…………うーん」

 背高青年は、何とも微妙な面持ちで首を捻る。
 癖毛の青年が、やれやれとでも言いたげに溜め息を吐いた。

「その芸人達は具体的にはどの様に言ってたんだ」

 背高青年、またも微妙な面持ちで唸るのである。

「…………怒らない?」
 と、背高青年。
「聞かねば分からん」
 と、色黒子女。
「怒らせることを言うつもりかてめえは」
 と、眉間青年。
「良いから早く言いな」
 と、癖毛青年。

 背高青年、小さく溜め息を吐き、それからへらりと笑う。

「逢魔ヶ時の何処かで人夫を沢山募っていて、然らば鉱脈が新しく見つかったのかもしれん……と言ってただけなんだ」

 背高青年の周りの青年子女達は、じっとへらへらしたその笑みを見て、それから揃って深々と溜め息を吐く。

「不確実も不確実では無いか」
「何故それを早く言わねえんだよこの阿呆」
「曖昧な部分を更に曖昧にして伝えるなよ……」

 快活そうな青年、眉間の青年、癖毛の青年がそれぞれ苦言を述べる。
 美青年はまた小さく咳込み、柔らかげな髪の娘は苦笑を浮かべ、色黒子女はただじとりと目を眇る。

 その時であった。

『それ』に、いち早く気付いたのは、快活そうな青年と美青年の二人であった。
 はっとした固い表情で頭を上げ、同じ方向を見た彼等に釣られて残りの五名が曖昧に首を揺らした瞬間。
少し遠くの方で、重たげな、まるで海鳴りの様な音がした。
だが、此処は山間。海などある筈もなく、するとつまりあの音は。

 崩れたぞ。
 滑落か。
 ああ、誰ぞ怪我したんでねぇか。
 家の人が今日お勤めだってのに。
 
 そんなざわめきが少しずつ少しずつ大きくなる。
 青年と娘達は顔を見合わせた。
 先程よりも土埃が深くなった様な気がするのは錯覚か。

 そして、その時、その中を速魚の様に駆け抜ける白い影が団子屋の前を通り過ぎる。
 途端、柔らかげな髪の娘が、
 「あっ!」
 と、声を上げて団子屋を飛び出す。

「伊作先輩!?」

 驚き動揺した響きのその声は、先程までとは違い、娘のそれにしては低く太い。
 往来の中を、白い影を追って駆け出した娘もとい忍術学園五年は組の三反田数馬(女装中)に、残りの青年子女もとい忍術学園五年生達も一斉に走り出すのだった。

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