花と嵐

□歩いていけば辿り着く
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 さて、逢魔ヵ時に秘密裏の新鉱山ありかとの噂の検証……それに関しては、結局、真偽は曖昧なものと帰した……に、件の領地に侵入していた少々特殊な七人、忍術学園五年生達が向かった先は既にそれなりの人だかりが出来ていた。
 その野次馬の中に七人は然り気無く入り込む。
 は組の三反田数馬(現在女装中)が、そのまますいすいと誰にもぶつかること無く人混みを掻い潜っていく。それを見て、「ほう」と、感心した声を小さく溢したのは、彼等の内の一人。高坂凪雅、と名乗る、色々と複雑な秘密を抱えた編入生である。
 己等は慣れない女の出で立ちもあって人混みに流されない様にするので精一杯、思った様に動けないままでいるというのに、流石は忍の者と言うべきか。と、凪雅は被衣の影からもぎろりと光るような鋭い眼をきゅっと眇める。

「おっと、お気をつけくださいねお嬢様」

 そのまま、どうしたものかと立ち尽くしていれば、然り気無く肩を引かれて人混みから少し離された。振り返れば、ろ組の次屋三之助であった。

「何だ。三之助は行かんで良いのか」
「私と三之助は、かずよが戻るまで、お嬢様の側にいるようにと言い付けられまして」

 三之助の隣には同じくろ組の神崎左門もいた。
 成る程、方向の勘の無い二人、そして素性が明かされると障りのある己は固めておこうと言う訳か。と、そう思った凪雅は、念のためにと、三之助と左門の間に入り背後から着物を掴んでおく。二人は顔を見合せちょんと唇を尖らせるのだった。
 凪雅は人混みへと目を向ける。その向こうに先程滑落を起こした鉱山への入山口がある。怒鳴り声や叫び声、泣き声、野次馬のざわめきで耳が痛くなりそうだ。

「善法寺、という名は聞いた事があるな」

 そんな中に、殆ど独り言の様な凪雅の声は掻き消えるかに思えたが、一歩にも満たない距離にいる三之助と左門には聞こえたらしい。二人分の視線が向けられ、凪雅は、ぎろっと二人を見返す。睨んでいる様な眼差しだが、別段怒っている訳でなく、極めて素のままの、当人の自前の表情である。

「父上が話しておった。父上の御犬が御執心だった稚児童児だとかなんとか」

 三之助と左門はまた顔を見合せる。

「んー。ほぼその通りっつーか、」
「当たらずしも遠からずといった感じだな」

 凪雅は、また二人をぎろりと見て、それからへの字に曲がった様な口の端をぐにゃりと歪めた。獣が牙を向いたようなそれが、凪雅の笑顔であることを既に知っている二人は、へらりと笑い返す。
 その時、ふと、人垣のざわめきの響きが変わり、わらわらと蠢きだした人の波から飛び出してきたものがいる。

「はいはい退いて!道を開けてください!」
「怪我人通りまーす!」

 戸板に乗せられた重傷人、と、それを運ぶのは、白い行者姿の若い男と、娘姿の数馬である。

「予想通り過ぎる展開だなこりゃ」

 三之助の物言いは呆れた様なものである割に声は飄々と乾いている。
 戸板を運ぶ後に続くのは、は組の浦風藤内、ろ組の富松作兵衛、い組の伊賀崎孫兵、皆、逢魔ヵ時調査の五年生の面々。銘々が怪我人を背負ったり、肩を担いだりなどしている。そこへ更に同じ様に怪我人を支え歩く人夫達。

「自分で歩ける方は、丑時ヵ原(うしどきがはら)日中寺(ひなかでら)まで来て下さいね!」

 先頭の若い行者がそう声を張り上げる。すると、人混みのざわめきの中から、

「鳩様」
「鳩の行者様」

 と、ぼそりぼそり泡が沸き立つように声が上がる。低く拝むような声も聞こえてくる。それは、凪雅等の近くにいる老婆からだけでは無い。
 あの行者が、善法寺という名の、凪雅が言うところの、『父上の御犬が御執心だった稚児童児』。

「善法寺殿は、鳩という名なのか」
「いや、違ったけどな」
「…………別段咎めるつもりも無いが、何故、数馬も皆も、鉱夫らの救助に立ち働く事になっとるんじゃ」
「善法寺先輩がいるからな」
「善法寺先輩なら仕方無いよな」

 へらりと笑う三之助と左門に、凪雅はすんと鼻を鳴らす。
 どの道、此処で三人残されたとて意味は無いのだ。凪雅は二人の着物を掴む手に力をこめる。

「では、儂らも参ろうか」
「おう」
「日中寺なら道中見たあの寺だな。あっちだ」
「違うわ」
「そっちじゃねえよ左門。あの連中に着いていきゃ」
「と言いつつ何故反対向きに行こうとするか。この戯けが」

 凪雅が、好き勝手な方向へ歩き出そうとする二人の着物を遠慮無く引っ張るものであるから、二人の胸元は少しばかしよれてはだけかける。

「往来でしだらない有り様になりとう無いなら、儂が引く方に大人しく歩け」 
「へぇい」
「お嬢様は中々馬鹿力だなぁ」

 怪我人を引き連れた物々しい行列に遅れて歩き出す三人組の様相は中々に珍道中であったが、野次馬や新たな怪我人の介添えやらに忙しい人混みの中、然して気に止められる事も無いのだった。

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