花と嵐

□崩れるならば積み上げる
1ページ/2ページ


 逢魔ヶ時からの帰路。忍術学園五年生の七名は道中で見つけた辻堂で少し休息を取ると共に、知り得た情報を纏める事となった。
 それを提案したのは五年生の参謀格である浦風藤内。その提案に異存を唱える者はいなかったが、銘々の表情は何とも言えない雰囲気である。

 まあ、無理もないだろうと藤内は思う。
 何せ知り得た情報など無いに等しい。情報が無かった事、が、知り得た事という皮肉が一瞬、藤内の胸を過り、奇しくもその時に神崎左門が「情報は無かったが情報だしな」とニヤリと笑いながら言ったものであるから、銘々の微妙な表情に苦笑が混じる。

 彼等、特に三反田数馬にとっては思わぬ再会もありはしたが、凪雅にとっては望んでいたろう結果は得られなかった。藤内は、凪雅に目を向ける。
 凪雅の表情といえば、胡座に頬杖を着いてじいっと床に目を落としているのである。口許が結ぶ憮然としたへの字は彼女の常からのものと思える様になったが、睨む様なきつい眼差しは心情が読みにくい。思慮深くも見えるし、物憂げにも、憤っている様にも見える。彼女はあまり心中を顔に出す質では無いのかもしれないと藤内は思う。
 それは、裏表があるというのとはまた少し違う。様にも思う。

「凪雅は、どう思った?」

 藤内が、そう声を掛ければ、凪雅は頬杖を着いたまま、目だけをぎょろりと動かして此方を見る。
 目の端で、富松作兵衛が微かに身動ぎしたのが見えて、藤内は思わず苦笑が浮かびそうになった。作兵衛は、凪雅の事を触れたら噛みつく山犬か何かの様に怖がっている伏がある。その気持ちは、藤内にも分からなくもないのだが、作兵衛らしいと呆れる気持ちの方が強い。
 凪雅の表情は、変わらず読みにくまま、への字の口許がふっと開く。

「陣内左衛門」

 短く言い捨てる様なそれは、藤内の『どう思った』に対する答えでは無い。
 藤内には一瞬、その意味が捉えられず、ああ今のは人の名を呼んだのかと、そう思った時には、凪雅の隣に一人の男が膝を着いて座っていた。

 まるで、立ち上る陽炎の様に、姿も気配も突如そこに現れたかに見えた。

 作兵衛が先程よりも大きく身動ぎをする。凪雅の近くに座っている数馬や、左門に至ってはうわっと声を上げながら転がるようにその男から間合いを取り、伊賀崎孫兵に次屋三之助は僅かに膝を浮かし構えるのであった。
 藤内だけは、辛うじてその心中の驚きや狼狽を表に出すのを堪えて、努めて冷静に、直ぐ隣でうっすらと笑みを浮かべ好戦的な空気を隠すつもりもない三之助を軽く睨み付けた。
 普段は悪く言えばぼんやりと、良く言えば穏やかな男だが、その実、実戦に於ける三之助の気性の荒らさは学園上級生屈指でもある。

「作兵衛、三之助を抑えて……そちらは、黄昏時忍軍の方とお見受けします」

 腰を浮かし、少し前に出て、飛び出しそうな三之助の進行を遮る。とは言え、作兵衛が既にその隣で動きを制しているから問題は無いだろう。三之助の空気が少し和らいだと同時に、その壮年の男が放つ鋭いものも僅かになりを潜める。

「如何にも。こやつは儂の手飼いの、高坂陣内左衛門じゃ」

 凪雅が代わりに答えれば、陣内左衛門の鋭い眼差しは何故か主であ る凪雅にしっかと注がれる。

「良く私が控えているのにお気付きになられましたな」

 凪雅に掛けられる陣内左衛門の声は、その眼差しと差分の無い冷ややかさである。
 端から見ている藤内ですらヒヤリとするものを感じるそれを、直に受けている凪雅といえば、はっと短く一笑するのみ。

「おるだろうと思うたから呼んでみただけの事。おらぬならそれでも良し。おるが、おらぬ振りをするならばそれもまた良し」
「して、凪姫様。何用で御座いましょう」
「分かっておるだろう」
「分からぬから聞いておるのです」
「ふむ。そうであった。おぬしは、主の意図の一つも汲めぬ駄犬じゃったの」
「望んで得た主君で無き故、如何仕方無しかと」
「それを態々に口に出すところが駄犬なんじゃと言うておる」

 一つ一つの言葉毎に冷えていく様に感じる雰囲気は、凡そ主従の間で交わされるそれとは思えない。
 周りの同輩達の困惑を手に取るように感じながら、藤内は、はてどうすべきかと、端からは睨み合っているとしか見えない凪雅と陣内左衛門を見る。

「陣内左衛門よ。おぬし、儂が此処にいるだろう事、誰より聞いて察した」

 凪雅の問いに、陣内左衛門の切れ長の瞳が更に細くなる。

「分かっておられるのでは」
「まあな。従者が駄犬ならば、主が賢くなるより有るまいよ。お前が儂をつけれたという事は、尊奈門がおぬしに知らしたのだろう」
「流石、お察しが早い」
「いちいち勘に障る言い方しか出来んのか、おぬしは……まあ良い」

 凪雅の腕が徐に上がり、その筋ばった手が、陣内左衛門の頬を軽くぴしゃりと叩く。

「我が駄犬と、忍軍は諸泉尊奈門が未だ繋がっている事が分かっただけでも良かった。というのが、儂が思うことじゃな」

 そうして、漸く、藤内を見た凪雅が、そう答えたのであった。

.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ