花と嵐

□崩れるならば積み上げる
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「なんつーかさ。全く、話が見えないんだけど」

 三之助の飄々とした声色は、妙に気が抜けるものがあったが、端的に今自分達が、自分が思った事を表している、と、作兵衛は思った。
 先程まで膝を浮かして臨戦態勢を取っていた三之助は、どさりと後ろに倒れる様に座り込んだ。
 それを片目の端に見ながら、作兵衛は、凪雅とその直ぐ配合に膝を着いている彼女の従者を見る。
 彼女は始終駄犬と揶揄していたが、高坂陣内左衛門と言えば、あの玄人中の玄人、黄昏時忍軍忍組頭の側近である。殺気こそ無いとは言え、そこには一分の隙も無い。
 凪雅と陣内左衛門の間に漂う空気は、主従のそれと見るには殺伐さを感じるが、それでも然し、陣内左衛門のその佇まいは眼前の主君を守る為のものである事が良く分かる。
 それを目の当たりにして、ああ本当に、彼女は黄昏時城主の嫡子であったのだと、今更ながらに、作兵衛は思った。

 作兵衛の直ぐ後ろで、大袈裟な溜め息が聞こえる。三之助だ。

「話は見えないけどさ。なんか、俺達、あんたに利用されちゃった感じ?」
「ちょっ、ばっ!」

 ズケズケと言い放った三之助の口を思わず抑えてやろうかとさえ思った。だが、作兵衛が振り返って見た三之助の表情は、何時もと変わらない何処かぬぼっとしたそれである。
 これだから色々と無自覚は質が悪いと、作兵衛は舌打ちを堪えながらも、三之助に小声で「口を慎め」と諌めるのだった。
 三之助はきょとんとした風情で首を傾げる。

「や、でも作ちゃん。其処んとこははっきりしておかないといかんでしょ。黄昏時と忍術学園は敵でも無いけど味方でもない。凪雅は学園にいるけれど、同時に黄昏時の者でもあんだからね」

 作兵衛の眉間に一本、二本と皺が増える。言ってる事は最もに思えるが、この状況に於いて果たして正しいかどうかはまた別の話では無いかとも思う。三之助は実力こそあれど、ともすれば己の勘に頼りすぎて慎重さに欠ける所があると作兵衛は思っている。ここぞとばかりに『作ちゃん』と呼んでくるのも些か不愉快であった。

「ふむ。此方にはその積もりは毛頭無かったのじゃが……結果として、利用する形となったのかもしれんな」

 三之助を見る作兵衛の耳に届いた凪雅の声は、僅かに笑いを含んでいる様に見えた。
 ゆっくりと振り返って見た凪雅は、その声に違わない表情である。ただ、良く見かける獣じみたそれよりもその笑みは余程穏やかなものだった。

「詳しい事情については、説明があると思って良いのかな」

 藤内の声が静かに響く。凪雅は穏やかな笑みを浮かべたまま、少しの間を置き、その唇をふっと開く。
 作兵衛は思わず喉が上下する。

「ちょっと待った」
「お待ち下さい」

 ずるりと、滑りそうになった。
 実際はそんな事も無く、ただ軽く肩が震えた程度であったが。
 緊迫感を一刀両断にした声の主の片方に、作兵衛は目を向ける。
 声の主の片方、孫兵は、例え自分の発言が場の空気を変質させてしまおうが、自分に一斉に視線が集まって来ようが平然としている。
 挙手の形にした手をゆるゆると下ろしながら、もう片方の声の主、陣内左衛門を先に促すような素振りをした。

「……いえ、そちらがお先に」
「あ、そうですか」

 だから、緊迫感というものが無い。ビィドロ玉の様な眼をぱちぱちと瞬かせる孫兵に、作兵衛はまたもずるりといきそうになるのを堪えた。三之助が小さく笑っているのが目の端に映る。
 孫兵は、手を下ろして、凪雅に向き直る。

「凪雅、三之助が言った通り、僕達はどういった経緯で、一体何が起きているのかは全く分かっていない。然し、聞かされる内容次第では僕達は、黄昏時、そして逢魔ヶ時の内情に深く関わることになってしまう」

 孫兵が語るその内容に、作兵衛の、そして同輩達の表情は少なからず動く。先程の三之助と同じく、その事もまた皆が感じていた事だ。

「そして、それはまた、内容次第では僕達の間のみに収まる話では無くなってしまうだろう。その事を踏まえて、話すのか、秘するのかを決めてほしい」

 そこで口を閉じた孫兵は、陣内左衛門を見る。一見、その表情は感情に乏しく見えるが、己は言うべき事は言うたと、恐らくはそんな面持ちなのだろうと作兵衛は思った。
 陣内左衛門は少しの間を於いて、膝を着いたまま凪雅の背ににじり寄る様にして密やかな声で、何事かを言う。
 凪雅の眉がひくりと動く。

「……陣内左衛門。お前の言う事は正しかろう。正しかろうが、だ」

 凪雅の肩越しに陣内左衛門の背中の稜線が微かに震える。

「もとより、儂には然したる後ろ楯も無ければ手駒も無し。なればこそ賭けに出る。此方から掴みに向かいたしと、儂は思う」

 凪雅は、作兵衛達を見渡し、その目をゆっくりと細める。それは先程と同じく穏やかではあったが、作兵衛には何故か、普段の獣じみた笑みより剣呑な雰囲気を覚えた。

「敵でも味方でも無し、多いに結構。皆が学園を負うておるというならば、儂は黄昏時の国を負うておる。儂には、少しでも多くの手駒がいる」

 作兵衛は、普段ならば威圧されてしまうだろうその強すぎる眼差しから目を離さなかった。離せなかった、とでも言うのか。

「儂が話す事を聞きとうない。儂の手駒なぞ、願い下げと言うならば、今すぐに此処より立ち去ると良い。互いに負うものがあるのじゃ、咎めはせん」

 凪雅はそう言って目を伏せる。
 作兵衛は、膝に拳を結ぶ。
 他の皆は、動かない。

「悪いけど、凪雅。手駒になるかどうかだって、僕達次第だと思うよ」

 孫兵が言った。

「は」

 凪雅は、一笑した。


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