花と嵐

□絡まれば切り離す
1ページ/2ページ

※……タソガレドキに関して多量の捏造設定とオリジナルキャラクターあり。ただ物語の都合上、大きく関わってくる背景ではあります。苦手な方はご容赦ください。


 黄昏家現当主の黄昏甚兵衛は家臣の信頼厚く戦上手として知られ、彼の代の黄昏時領は小夜川衆との小競り合いを除けば概ね平定の内にある。
 他国の武将からは狡猾で悪逆非道な男と恐れられてはいたが、自国の民からは良く慕われてもいる。

 所謂、大将の器にも恵まれた甚兵衛の唯一の不都合があるとすれば、嫡子に恵まれなかった事である。
 長らく男児に恵まれなかった甚兵衛は、漸く授かった若君の早すぎる死の後に産まれた姫を、男として育てると決めた。これが後の凪雅である。
 凪雅以外の黄昏家の子は、凪雅とは母を同じくする姉である(しの)姫、彼女は齢十四で他国に嫁ぎ黄昏時には既にいない。
 そして、甚兵衛の内室の一人であるお栄の方が産んだ、鷹千代丸(たかちよまる)。凪雅にとっては異母弟であり、黄昏家待望の男児である。

 つまり、



「御世継ぎが産まれてんのなら、凪雅が男でいる必要は無くなったんじゃねえのか」

 辻堂に響いた次屋三之助の声は、少し間の抜けたものだった。

 逢魔ヶ時領に私的な調査に出た、忍術学園五年生の面々は知らず、黄昏時と逢魔ヶ時の内情に足を踏み込んでしまっていた。
 その緊迫からか重くなっていた彼等の空気は、三之助のその何時もと変わらぬゆるりとした雰囲気に、少しだけ緩むのだった。

 その黄昏時の内情の、渦中も渦中にいるであろう凪雅もまた、笑みを浮かべた。とはいっても、一見、顔を歪ませた様にしか見えないそれは、姫の微笑みと呼ぶには剣呑に過ぎるものである。女物の小袖を着ているというのに片膝を立てて座っている為、良く鍛えられた脹ら脛が剥き出しであった。

「今更、儂が姫なんぞになれると思うか」
「ああ、なるほど!」

 納得とばかりふんふんと頷く三之助に、周りの同輩達は一斉にぶふと音を立てて吹き出す。
 唯一、富松作兵衛だけが笑うどころか青ざめた顔で、間髪いれずに三之助の頭を叩くのだった。

「だからっ! 失礼だっつうのが分かんねえのかこん馬鹿は!」
「その作兵衛の反応こそが失礼にも感じるがな」

 神崎左門の冷静な指摘に、またも吹き出す五年生の面々。作兵衛の顔は更に青ざめたが、当の凪雅すら、豪快に開けた口から愉快そうな笑い声を立てている。

「……これ。陣内左衛門」

 くつくつと未だ肩を揺らしながら、凪雅が声を掛けるのは、直ぐ背後に膝を着いて控える男……黄昏時忍軍の忍にして現在は凪雅の直臣である高坂陣内左衛門は、冷ややかな無表情を眉一つ崩す事なく、切れ長な眼に浮かぶ黒目だけを動かして凪雅を見る。

「己が主が不敬を言われておるというのに、おぬしは何を黙っとるのだ」
「……当の凪姫様が、不敬と思われているご様子ではございませぬ故、私が何か言う必要も無きと思いました次第」
「まあ、おぬしはそういう奴じゃな」

 凪雅を見ていた冷たげな黒目は、再び床の一点に戻される。
 凡そ主君への追従にしては愛想に欠けすぎた陣内左衛門の態度を、凪雅は然して気にする風でも無く、彼女もまた、五年生六名へと向き直った。

「三之助の言う通り、嫡男の産まれぬ代わりとしての儂は既に必要無い……が、だ」

 褐色気味の頬を切り裂くような、凪雅の鋭い眼に力がこもる。そこにあるのは、不敵な笑み。

「御家にとっては、そう事は単純で無くての」

 不敵な笑みを浮かべた凪雅が再び話し出さんとしているのは、黄昏時家の更に込み入った内情についてである。

「儂を男武将となるよう育てたのは父上のご意志であり、今もその様にしているのも、また、父上のご意志。鷹千代丸殿が家督を継げる御年齢となるまでは、儂は男として、黄昏家次期当主の座を守らねばならんのだ」

 凪雅は淡々とした声でそう述べる。

「……守らねば。って、一体、何から」

 そう問うたのは、浦風藤内だった。

「他国から……それとも、御家にはその若様以外にも家督を狙う奴がいるって事かな」

 問いながらも、凪雅の目付きが途端、鋭さを増した様に感じた藤内は、後者の見解が正しい様だと判断する。

「父上の弟御……儂にとっては叔父上殿じゃが。この男が結構な狸での」

 藤内の見解通り、凪雅はそうぞんざいな口調で答えた。

 現当主の黄昏甚兵衛の弟、凪雅から見て叔父に当たる、黄昏貴兵衛(きへえ)。齢は三十一と、甚兵衛とは些か歳の離れたこの男は、明達と知られ、また兄である甚兵衛を支える殊勝な弟御として家中で高い評価を得ている。
 よもや、甚兵衛の嫡子が遂に生まれなんだら、貴兵衛が次期当主となるのではと言われていた程の人物だ。ただ、その期待と予想が確かなものだったのは、鷹千代丸が産まれる前までの話である。

「武にも知にも優れ、風流も解し、道理の良く分かった大人物といった風の面をしておるが、儂に言わせれば抜け目の無い野心の塊の様な男よ。何せ、十二になったばかりのまだ幼い娘御を逢魔ヶ時に嫁がせて、逢魔ヶ時領の差配を手に入れる様な輩じゃからな」
「まさか、逢魔ヶ時曲時にか?」

 三之助が眉を潜めながら問う。
かつて、逢魔ヶ時領園田村での大騒動に関わって、彼等学園生徒は逢魔ヶ時曲時の姿を知っていた。良く言えば、愛嬌があるとも言えないことも無いが、御世辞にも美男子とも凛々しいとも言い難い顔立ちとしまりの無い体躯を思い出したのは三之助だけでは無いようで、皆一様に何とも言えない表情を浮かべている。

「いや、トキ姫が嫁いだのは曲時の息子じゃ……まあ、父親によう似てはおるが」

 トキ姫というのが、貴兵衛の娘の名前である。曲時の息子について凪雅が付け足した容姿の評価は、三之助らの微妙な表情を受けたものだろう。言った後に、すんと鼻を鳴らしながら少し顔をしかめる。

「曲時の馬鹿息子の容姿等どうでも良い。先程言うた通りに、今の逢魔ヶ時を実質治めておるのは貴兵衛叔父じゃからな。逢魔ヶ時家は最早お飾り大名。馬鹿息子も曲時も貴兵衛叔父の言いなりの様だの」

 凪雅は、またすんと鼻を鳴らした。

「……で、その逢魔ヶ時で、黄昏家が預かり知らない新鉱山についての噂……か」

 伊賀崎孫兵が、そのビィドロを思わせる大きな眼を静かに瞬かせながらぽつりと呟く。

「なるほどね。そりゃ確かにキナ臭いや」

 孫兵の呟きに、藤内も小さく頷き、凪雅は、口の端を僅かに歪めた。



.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ