花と嵐

□絡まれば切り離す
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「……ええっと、此処に二人ばかし、まだ話が良く見えてないのがいんだけどなぁ」

 やおら、三之助が隣の作兵衛の肩に腕を回しながら宣う。作兵衛は心底迷惑そうに顔をしかめた。

「俺を巻き込むんじゃねえよ」
「んじゃあ、作兵衛は分かったのかよ。今ので」
「……だから、あれだろ。その、黄昏貴兵衛ってのが、その、あれだ。キナ臭ぇんだろ」
「そうなんだろなってのは俺だって分かるよ」
「だったら良いじゃねえか」
「でも、なんかこう……モヤモヤとしない?してんの俺だけ?」

 三之助がふるふると首を振るようにして銘々を見渡す様に、藤内は苦笑を浮かべる。
 藤内と同じ様に苦笑を浮かべていた三反田数馬は微かに頷きながら、
「うん、まあ、言いたいことは分かる」
 と、三之助に同意を示した。

「結局の所、凪雅がどういった意向でいるというのか……今後どうしたいのかとか、僕らに何を求めているのか……というのが少し不明瞭、なのかな」
「ああ、うん。それっぽい」

 数馬の言葉に、三之助はふんふんと頷いた。数馬の近くに座る左門もまたゆっくりと頷く。人よりも大きな印象を受ける口をぴたりと閉じて、腕を組むその表情は神妙なものであった。

「……凪雅は、黄昏貴兵衛が未だ黄昏家の家督を狙っていると、そう思っていて、それを阻止する為に、男として生きている。という事か」

 閉じていた口は、ぱっと音を立てるように開く。無邪気に動物的な様に見えて、その実、存外に機知に富む左門の、その語り口は淡々としている。
 凪雅は左門の問いに、ゆっくりと頷いた。

「……忍軍の雑渡が、配下の者どもを貴兵衛叔父に着けておるらしい。父上に毒を盛るなり、刺客を送るなりするのならばまだ分かりやすくて良かったが、中々尻尾は掴めん様じゃ。貴兵衛叔父は鷹千代丸殿を是非とも次代の当主にという態度での。とうとう、少し前に鷹千代丸殿の後見人を申し出られた」

 凪雅の眉間に、険のある影が乗る。

「お殿様はそれを受け入れたのか?」

 再びの左門の問いには、凪雅は否と答えた。

「筆頭家老の爺やが、一蹴しおった。父上も受け入れる気は無いようじゃ」

 藤内が、苦笑を浮かべながら、未だ解せないと言いたげな表情の三之助と作兵衛を見る。

「後見人というのは、政の判断力が無いと見られる者の補佐の事だよ。つまり、貴兵衛の発言は、その若様がまだ幼い内に家督を継がせようと言っているとも判断できてしまうんだ」

 藤内が、そう、二人に補足する。

「黄昏甚兵衛には隠居してもらい、幼い若様を当主として、自分が後見人として実質黄昏時を牛耳る……って事」
 
 孫兵もまた、呟く様に言った。

「……後見人というのは言葉の綾、鷹千代丸殿が良き当主となるよう教育係となりたいと、そう嘯いたらしいがの。どちらにしても、父上は、藤内らが言うた通りの事を考えた」

 そこで、と、凪雅は、姿勢を正した。

「先程言うた様に、鷹千代丸殿が充分に父上を継げる年になるまでは、この儂が黄昏時の家督を預かり、守る……というのが、父上の御意向である」

 辻堂に漂う空気が、五年生六名の表情が、ほんの一瞬、固まった様であった。

「…………あの……それはつまり、凪雅が黄昏時城主に、お殿様になるっていう事?」

 数馬の恐る恐る出された問い。周りの者達も口には出さずとも、その表情は饒舌に凪雅の発言に対する狼狽を伝えていた。

「今すぐでは無いぞ。早くとも後、五年は先の話じゃ。ただ、黄昏家中においての儂は、父上の酔狂が産んだ変わり者の姫でしかない。儂を次期当主にと支持する者など全くと言って良いほどおらねば、然したる後ろ楯も無い」

 そう述べる凪雅の笑みは自嘲的に見えた。

「唯一、儂を次期当主へと望む者がいるとすれば父上であるが、父上自らがそれを声高に唱えれば、家臣の反感と不況を買いかねん。故に、」

 五年生六名は、訥々と語る凪雅から目を離さない。凪雅の黒々としたぬばたまを思わせる眼は、彼等五年生を見返しているが、その実は更に遠い場所を睨み付けている様であった。

「この凪雅が、『嵐』と揶揄される荒くれ者というだけでは無く、黄昏家を統べるに値する武将である事を、黄昏時に示せねばならんのじゃ。その為に、儂は此処におる」

 陣内左衛門が、微かに面を上げて、凪雅を見る。咎める様な眼差しであった。

「儂は、強く賢くならねばならぬ。何よりも……輩がいる。家の柵に捕らわれぬ様な、城主の娘としてだけではなく、儂その者と関わろうとする者達がな」

「……それが、俺達だってのか」

 その作兵衛の声と凪雅に向けられた表情は、何時もと違い、凪雅に対する脅えは無く、ただ、酷く複雑に難しげなものをそこに浮かべていた。

「儂はそう望む向きはある」

 まるで風かそよぐ様な軽やかな口調で、あっさりと、そう凪雅は答えた。

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