花と嵐

□聞けども話せども
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 五年生達の逢魔ヶ時調査から二日が経った。
 高坂もとい、黄昏凪雅から語られた黄昏家の事情と逢魔ヶ時の現状については、凪雅を除く五年生六名は審議の末、昨日、学園長大川平次渦正に報告したのだった。
 渦正は、彼等の報告には然して驚く様子も見せなかったどころかニヤリと面白げな笑みまで見せ、「そうかの」と事も無げな一言を返した。それを聞いた五年生達はやはりかと腹の底で嘆息するのである。
 往年の天才忍者たる老翁は、やはり全てをその心眼で見通しており、どうやら、自分達は敢えて凪雅に宛がわれた様である。と、彼等五年生達はそう思い至るのである。

「生徒の成長の為ならば何でもやらせるのが学園長先生の方針とは言え、やはり手の内で転がされている感は否めないな」
 というのが、神崎左門の感想。

「まあ、今後どうなるか分からないけど取り敢えず今は毒獅子の学友やっとけって事だろ」
 というのが、次屋三之助の私見。

「凪雅が家督を継ぐ事を協力する……事で、黄昏時と学園の繋がりを強くしようって事だろうか」
 というのが、浦風藤内の見解。

「黄昏時の御家だけではなく逢魔ヶ時も関わった話となると、場合によっては戦にもなるんじゃないか」
 というのが、三反田数馬の懸念。

「面倒事に巻き込まれているのは確かだけど、学園に属している僕らにはある程度の安全は保証されている訳だし、実習だと思うしかないだろうね」
 というのが、伊賀崎孫兵の結論。そして、



「……それで、作兵衛はどう思ってるんだい」

 というのが、伊賀崎孫兵の問いであった。

 渦正への報告を終えた、その翌日。
 孫兵は長屋の庭で補虫網の修補と虫籠の増産に勤しんでいた。本来は用具委員長補佐である富松作兵衛と用具委員会に頼もうと考えていたものであったが、孫兵の愛する毒虫含む生き物達が沸き立つこの春という季節は、孫兵もまた機嫌宜しく活発的なのである。
 自ら作兵衛に協力を頼み、共に他愛ない話をしながら愛する虫達の塒を作らんと手を動かしている孫兵が、ふと思い出したかの様に唐突に投げ掛けたその問い。「どう思っている」と問われた作兵衛は手を止め、呆けた顔で孫兵を見返した。

「あ? 何がだ?」

 怪訝なしかめっ面で聞き返す作兵衛に、孫兵は『それで』の前を話していなかったなと思い至る。自分の中では繋がっている積もりで話してしまうのは悪い癖だと、少し反省しながら孫兵は、「凪雅の色々について」と、ざっくりとした説明を付け加えた。
 それを聞いた作兵衛は、少し目を見開き、それからその目を寄せる眉間と共にぎゅっと閉じ、薄く開いて、眇めた眼で地面を睨み、少し目を開いて天を仰ぐ。

「なんなのさ、その百面相は」

 挙げ句深々と溜め息を吐く作兵衛に、孫兵は少し呆れてしまう。

「いや、先ずなんでいきなり、んなこと聞くんだよ」

 作兵衛は頭を掻きながら、じとりとした目で孫兵を見る。

「昨日、学園長先生に報告した後、作兵衛だけが特に何も意見を言ってなかったなと思って」

 作兵衛の目付きは、見る人に寄っては剣呑かつ柄の悪い印象を覚えるものだったが、付き合いが長くかつ元々があまり物怖じというものをしない質の孫兵は平然とそのビィドロ玉や猫のそれを思わせる眼で作兵衛を見返す。

「……お前って、そんな人が思ってる事に興味持つ方だったか」

 作兵衛が呟くように言った。
 話を逸らそうとしているな。と、孫兵は思った。興味の有無を問われるならば、それは無しに近い。

「そうだね。別に僕は、同輩だからといって何でもかんでも共有したいとは思わないし、事実、興味があるという訳じゃない。ただ、作兵衛はあの時、意見は言わなかったけど、今も何か色々と考えている様に見える」

 ただ、無しに近くても、全くどうでも良いという訳では無いのである。

「作兵衛は考え過ぎて自滅するからな。僕達六人に凪雅の事が任せられているなら、一人で思い悩むのは得策じゃないと思っただけだ」

 孫兵は、静かにそう述べ、後は再び黙々と虫籠作りに戻るのであった。
 六人の内でも理知的なのはこの孫兵と彼等の参謀である藤内、そして左門の三人。その中でも人情派なのが藤内、和を重んじるのが左門、より冷徹なのは孫兵であった。
 虫達には愛情深く、情緒的な性格でもあるのだが、同時に、冷たいと人に感じさせるものが孫兵にはある。
 然し、この時は、孫兵のその冷徹さからくる淡々とした態度が、どうやら作兵衛の警戒心を多少解した様であった。

「……俺自身、なんつぅのか、纏まってねぇんだよ」

 また深々とした溜め息を吐いて、その息に乗せるように、作兵衛がぼやいた。

「まあ、作兵衛だし、そうだろうね」
「なんだよそれ……あー……そうだな、強いて言うなら」
「別に無理して答えなくても良いけど」
「いや、聞いといてそこは言わせろよお前……強いて言うなら、あいつは、それで良いのかって思ったつぅのか」
「あいつって……凪雅?」

 作兵衛は頷いた。
 孫兵は、首を傾げる。

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