花と嵐

□雀が踊れば木の葉も舞う
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「途中離脱、って?」

 虎若が首を傾げれば、金吾は難しげに眉を軽く潜めた。

「凪雅さんと素振りをしていたんだけども、富松先輩が来てね。凪雅さんに用があるみたいで、何か込み入った話にも思えたから居座るのも良くないかと」

 虎若、団蔵、喜三太の三人は、はてと顔を見合わした。

「凪雅さん。っていうと……」
「黄昏時忍軍からの編入生か」
「その人と富松先輩が込み入った話、ねぇ」
「いや、まあ、富松先輩は木刀を持っていたから単に鍛練しに来ただけかもしれないけれど」
「でも、金吾がそう思ったという事はそれなりの雰囲気があったっつう事だろ?」

 金吾が首を縦に振れば、喜三太は眉を潜めながら苦笑を浮かべた。

「富松先輩って、真面目過ぎてちょっと思い詰めるところあるからぁ」

 それは彼をはじめとする下の後輩達が自由奔放過ぎるせいでもあるのではと金吾は思ったが敢えて口には出さない。

「……もしかして、決闘とか?」

 団蔵が、半ば冗談混じりに言う。
 喜三太は、「まさかぁ」と一笑した。

「富松先輩、確かに見た目は結構柄悪い感じだけど中身は気弱、じゃなくてものすごーく穏やかな人だよ。決闘なんて柄じゃないってぇ」

 いくら親しいとはいえ、先輩に対して言いたい放題の喜三太に金吾はうっすら顔を引き釣らせた。

「誰が誰と決闘だって?」

 長屋のい並ぶ戸の一つが開き、摂津きり丸が顔を出してきた。

「……なんでそんな目を輝かせているのか、一応、聞こうか」

 金吾は更に顔を引き釣らせてきり丸に問う。

「銭の匂いのあるところ、ドケチのきりちゃんあり! 戸部先生と花房牧之介の決闘か? 見学料と牧之介が何回で諦めるか賭ければ金になるぞぉ」

 かつての某先輩が宣っていた様な台詞を吐きながら、普段は凜とした表情をぐでぐでと緩ませあひゃあひゃと笑い出すきり丸、金吾は額に手を当てながら深々と溜め息を吐いた。

「違う、決闘じゃ」
「戸部先生と牧之介じゃなくて、編入生の凪雅さんと富松先輩の決闘だよ」
「いや、だから決闘じゃないって。虎若、適当な事言わないでよ」
「でも木刀持っての込み入った話なんだろ?」
「それだけ聞くと随分物騒だよなぁ」
「討ち入りって感じぃ」
「いや、木刀持ってたのは確かだけど、込み入った話の件は俺の感覚だから」

 きり丸は興味深げに目の光を強めながらにやりと笑う。

「へぇ、噂の編入生と富松先輩の決闘か。それも観戦料稼げそう」
「僕もそれ見てみたいなぁ」
「あ、俺も俺も」
「お、払う? 払う? やっぱ銭になるじゃねぇの!」
「いやだから、決闘とは決まってないってば! 誰か俺の話聞いて!? ていうか他に誰かいないの!?」

 皆が皆、自由奔放、天衣無縫、破天荒などの名で飾られるかつての、そして現行も強化の一方である『アホのは組』達だ。その一員ではあるが、その中でもまだ良識と常識を持ち合わせている方である金吾は、自分一人ではこいつらは収められぬと泣き言を上げた。

「伊助っ! 伊助ぇっ! 此処に団蔵と虎若がさぼってるぞ!」
「あっ! こら金吾!」
「母ちゃん呼んでんじゃねぇよ!」

 金吾の声に、廊下の角から走って来たのは件の『母ちゃん』もとい二郭伊助である。はたきを掲げ箒を肩に背負い鬼の形相のその姿、金吾の目には木刀を携えた富松作兵衛先輩よりも余程物騒に見えた。
 喜三太ときり丸は「ひゃあ」と笑い混じりに叫び、団蔵と虎若は震え上がる。

「だあれが母ちゃんだぁ!? こら! てめぇらが貯めに貯めたあれやこれやで仕上げたあの魔窟をてめぇらだけで何とか出来んのか!? あ!?」
「はいっ! すみません! 母ちゃ、じゃない伊助っ!!」
「お力添え感謝致します伊助殿! 然し畏れながら我らはさぼっていた訳では御座いませぬ!」
「そうです! ただ道草を食ってただけ」
「ばっか団蔵!!!」
「道草食う暇があんならさっさとそれの洗濯と選別済ましてこい! 日が暮れるわ!!」

 伊助の一喝に、団蔵と虎若は仲良く飛び上がり、わたわたと籠を抱えて井戸場の方へと走り去っていくのだった。

「伊助、俺もあいつらに着いてくわ。貸出の図書混ざってるかもだし、売れそうなもん貰っても良いよな」
「どうぞどうぞ、御随意に」

 溜め息を吐きながら言った伊助に、きり丸は「やりぃ」と八重歯を光らせながら走り去る二人の背を追って走り出した。貸出図書が汚れていたり破損していたり延滞が過ぎた時の、図書委員きり丸による鬼の督促は学園の誰もが恐れている。金吾は内心、団蔵と虎若に手を合わせた。喜三太は実際になむなむと手を合わせていた。

「はにゃ、金吾。何処行くの?」

 やれやれとでも言いたげな溜め息と共に踵を返した金吾に掛かる喜三太の声。金吾は手に持った木刀をゆっくりと握り直す。

「……やっぱり富松先輩と凪雅さんについては気になるし……。少し様子を見に戻ろうかと」

 決闘は無いにしろ、両先輩が携えた木刀が飾りである筈もない。二人が打ち合いなりなんなりをしているのなら、剣を極めんとする身としては見学の一つもしたいところだ。

「じゃ、僕も行く。ちょうど暇してたし」

 そう言って、ナメ壺を抱えた喜三太が軽やかに歩み寄る。金吾は、遊びじゃないのだけれど、と思いはしたが、口に出すことは無く、気紛れな猫の様な同輩を引っ提げて歩き出した。
 残された伊助は、ややぽかんとした表情で二人を見送り、そんな彼に廊下から一人の生徒が近付いてくる。

「伊助、団蔵と虎若は?」

 学級委員長、黒木庄左ヱ門は、伊助と、もう遠くなった金吾と喜三太の背を見比べた。

「ああ、井戸場に行かせたよ。きり丸も着いていったから大丈夫だと思う」
「お疲れ様。金吾は鍛練に喜三太連れて行ったの? 珍しいね」
「いや……違うと思う、多分…………富松先輩と、編入生の凪雅さんがどうとか言ってたし」

 歯切れの悪い物言いで答えた伊助が、聞き齧った程度の一人の先輩と噂の編入生の名を出せば、庄左ヱ門は、その真っ直ぐに理知的な印象のある眼を微かに細めるのだった。


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