さて、月霞むその夜を抜け
□大騒ぎの追走劇
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部屋に入り口に立つ少年は、あの伊作と名乗った少年と同じ松葉色の忍装束を身に付けている。
グリグリとした眼がオウギをしっかと捉える様に見る。視線は他にも、十一人の水浅黄の子供達に、天井裏や壁や床下からも。
なんともはや、一人の負傷したくノ一に此処まで……と、オウギは小さく息を吐いた。
「伊作や文次郎から聞いていたが思ってたより若いなあ、歳は幾つだ」
表情や口調は朗らかで懐こい感じを受けるが、その力強い眼は探る様にオウギを見ている。それは、先程の伊作と、『捕り手の玄一郎』の曾孫を名乗った、守一郎という少年もしていた眼差しだ。
この眼差しを受ける理由として考えられるものは、警戒。間者ではないかと疑われているというのが妥当だろう。
だが、先程も思った様に、くノ一とはいえ、見た目だけなら斯様な細腰のおなごが負傷しているという状況で、此処まで警戒はいるのかともオウギは思った。
まさか、この城は何処かと戦の最中であるのか。いや、だったらそれこそ守一朗が負傷したくノ一である自分を連れ帰った理由が分からない。
疑わしきならば殺せば済む話だ。なのに、オウギはこうして手当てまでされている。伊作は『何処かと敵対したり、戦ったりする様な場所では無い』と言っていた様に思うが、本当に非戦闘を旨としているなら、今隠れている者達から感じる一抹の敵意はどう説明できる。
結論としては、状況は全く分からないがオウギの身にとっては宜しいものでは無い、といったものである。
故に、少年の問いには易々と答えるわけにはいけないと、オウギはそう判断した。
「なんだ?まさか、口が利けないのか?」
オウギが沈黙していれば、少年はきょとんと首を傾げる。
十一人の子供達は何処か不安気な表情で少年とオウギの顔を見比べていた。
「まあ、良いや。私は忍術学園六年ろ組の七松小平太だ。オウギと呼ばせて貰っても構わないか?」
少年のその問いには了承の頷きを返した。オウギの目にも、少年とは自分と年頃が近いように見えた。
その時、十一人の子供達の一人から「あのぉ……」と声と手が上がる。
「なんだ金吾」
「先程、七松先輩は七十年前のマツホド忍者隊副長って仰いましたが……それって、どういう意味ですか?」
「どういう意味も何も、言ったまんまだぞ」
小平太と名乗った少年は、またもきょとんとした顔になって、オウギを見る。
「学園長先生がそう言ったんだ。こいつが、マツホド忍者隊副長だって」
十一人の子供達は「ええっ!?」と一斉に叫び声を上げて目を真ん丸くさせる。
「だって、マツホド城は七十年前に落城しちゃってるじゃないですか!?」
「……落城?」
オウギの口からポツリと言葉が溢れた。小平太が「お、なんだ喋れるんじゃないか」と言う声は、彼女には届いていない。
彼女は先程の言葉を発した子どもの前に膝を着く。
「もし、落城と仰いましたか」
「え、あ、はい……」
子どもは少し気圧された様に後退る。「金吾ぉ、」とあの蛞蝓を見せた子どもがその子の肩にすがり付いた。
「マツホドは滅びた、と……支城たるホドホド城が落とされた事は察してはおりますが、本城まで落とされたと申しますか。一体、何時に、」
「え。ですから、七十年前に……」
「何を、」
また戯れ事か。
オウギは言葉を無くし、またもくらりとした目眩を感じてその場に腕を着いてしまう。
「ホドホド城が落とされてから何時にっていう意味なら、まあ三日後だと私は伝え聞いているがな」
小平太の声に顔を上げれば、にかりと笑う顔と目が合う。当然ながらオウギは笑う気にもなれない。ただ、言葉を無くしたまま、小平太を見上げる。
支城が一日にして落とされたのみならず、三日の内に全て滅びたというのか。
ならば、己がするべき事は。
「お?」
オウギは小平太に身体を向き直し、指を着いて頭を深々と下げる。子供達も、周囲の気配もざわめいたのが分かった。
「……敗残者に斯様な慈悲をお掛け下さり、誠に御礼申し上げまする」
「んー……?治療したのは私ではないんだが」
少し顔を上げれば、小平太は頭をボリボリと掻いている。
「然しながら、此方、主君より預かり奉る御役目ありまする故に、疾く出立させて頂きたき所存」
「んんん……?此処から出ていくって事か?」
小平太は腕を組み、オウギを見下ろして、それから天井を見る。
「……私が判断できる事じゃないんだが、多分無理だと思うぞ。というか、オウギが本当にマツホド忍者隊副長なら、出てっても意味は無い」
天井を見ていた目は、オウギに戻る。
「だってマツホドは七十年も前に滅びてるんだからな」
オウギは深く息を吐いた。
「……申し訳ありませぬが、此方、今は斯様な戯れ事に付き合うている猶予は御座いませぬ、して、」
押し通らせて頂く。
オウギはそう一言、床を強かに蹴り上げた。
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