さて、月霞むその夜を抜け

□信頼と混乱
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 さて、その日の夕刻である。
 件の委員長会議室に数名の生徒が集まっていた。

「長次、あいつらはどうした」

 新たに部屋に入ってきた中在家長次が立花仙蔵の問いにふるふると首を横に振る。

「…………小平太達と……田村は、山田先生と新野先生の説教を……受けていた」

 長次の静かな答えに、善法寺伊作は「自業自得だね」と、未だ憤懣やる方なしとばかりにふんすと息巻いていた。

「あ、あの、ですが、三木ヱ門は頼まれて……」

 守一郎がおずおずと声を上げれば、伊作はぎんと守一郎を睨み付ける。

「あの馬鹿に馬鹿な事を頼まれたからってそのまま聞くのは馬鹿としか言い様ないと思うけどねっ!?」

 その剣幕に守一郎は何も言い返せず身を縮こめる他無かった。また頭が痛みだした気がする。
 そんな伊作の怒れる肩を、仙蔵が宥めるように叩いていた。

「伊作、落ち着け。浜にまで噛みつく事はなかろう。五年生はどうした」

「……木下先生、」

「ああ、分かった。皆まで言わなくても良い長次」

 仙蔵は嘆息一つ、守一郎達四年生に目を向ける。いや、四年生達、といっても其所にいるのは守一郎と斎藤タカ丸の二人のみだ。

「……平は良いとして、喜八郎はどうしたのだ」

 仙蔵の問いに、そう言えば自分が目の覚めた時には既にいなかったな、と、守一郎は思う。その隣で、タカ丸が罰の悪そうな表情で「それが、いなくなっちゃって……」と答えていた。

「守一郎と、あの人を保健室へと運び終わった時には、もういなかったかなあ……」

 仙蔵は再び嘆息した。

「まあ、仕方が無い……取り合えず、話を始めるとしよう」

 仙蔵のその言葉を合図に、天井裏から部屋の内に新たな人物が飛び降りてきた。
「シュタッ」と、態々口に出しながら、然し、静かに床へと降り立った平滝夜叉丸は部屋に集まる五人をすっと見渡す。

「もう始めておりましたか」

 仙蔵に問うた。

「いや、此れからだ」

 仙蔵がそう答えれば、滝夜叉丸はその顔に満足げなそして鮮やかな笑みを浮かべる。

「流石はこの私!迅速に事を済まし、平滝夜叉丸、華麗に戻って参りました!!」

 喜色満面の滝夜叉丸を見る、仙蔵の表情は少々げんなりしている。

「ああ、流石だ流石だ……では、迅速に戻ったからには、迅速に事の次第を報告しろ」

「迅速に、だけではありません。迅速に、華麗に!戻って参ったのです!」

「……ならば迅速にでも華麗にでも、とにかく早く報告しろ」

 仙蔵は少々苛ついている様子である。神経の太い滝夜叉丸にも流石にそれは何となく伝わった様で、咳払いを一つ、きゅっと表情を引き締めた。

「……学園長先生のご意志は堅いようです」

 その切り出しに、部屋に集まる五人は顔を見合わせた。
 仙蔵は柳眉を潜めて滝夜叉丸を見る。

「本気で、あのくの一を学園に迎え入れると、」

「ええ。もう決めたの一点張りで、他の先生方は賛成、反対、静観の三手に分かれておりました」

 滝夜叉丸もまた、表情を曇らせながら、先程己が学園長の庵で潜み見てきた談合の様子を振り返る。

「反対派は安藤先生、斜堂先生を中心に、対する賛成派は山本シナ先生、野村先生、松千代先生を中心に、静観派は厚木先生、日向先生、土井先生といった所でしょうか」

「野村先生が、賛成派なの……?」

 疑問の声を上げたのは、漸く気の高ぶりが落ち着いてきたらしい伊作だ。
「なんだか意外だ」と呟いた伊作の言葉通りに、野村雄三という元戦忍の教員が警戒心の強い慎重な性格である事は他の五人も何となく感じていた事であった。
 滝夜叉丸は少し苦笑めいた表情になる。

「野村先生と松千代先生の見解は、同情的というより……警戒故にといった感じです」

 その返しに、六年生三人は合点がいったと頷いた。

「……学園に一度入れてしまった、何処の間者とも知れぬ手練れを…………易々と、野に放つ訳にはいかない……という意味だ」

 ややキョトンとしていた守一郎とタカ丸に長次がそう解説すれば、滝夜叉丸もこっくりと頷く。

「その野村先生の意見もあって、結局は学園長先生が押しきるような形で、事は決定されました……暫くは数名の監視下の元、様子を探る意向の様です」

「監視……先生方がか?……いや、」

 滝夜叉丸の表情を見て、仙蔵は本日何度目かの嘆息を落とす。

「……我々にやらせるつもりだな。学園長先生らしい」

 何でもかんでも実習にしたがるある意味教育熱心なあの老翁を思い浮かべながら、部屋に集まる者達は皆微妙な表情をその場に浮かべていた。

「……あの、なんで七松君はオウギさんに石火矢を打とうなんて思ったのかな?」

 神妙な空気のその場に落とされたのは、タカ丸の疑問。
 仙蔵は、タカ丸を一瞥し、「試したのだ」と、答えた。

「あいつは、試すと言っていた」

 仙蔵が言うには、あの上級生一同が会し、暫時解散となった直ぐ後に、仙蔵と三木ヱ門にある提案をしたのだそうである。

「……誠、七十年前の人間であれば、石火矢等も知り得ない筈。けしかけて、反応を見る、と」

「んな無茶苦茶な……」

 タカ丸の呆れた声に、伊作が激しく頷いていた。

「無茶苦茶ではあったが、収穫はまああったと見ても良いのだろうか……」

 仙蔵は歯切れの悪い物言いで何やら思案している。

「そう睨むな伊作……お前から見ても、あの時、女は直ぐに逃げようとする様子も身構えた様子も無かったろう」

「……だが、それだけを、判断する根拠にするには…………まだ、」

 長次の言葉に、仙蔵は思案顔のまま頷く。
 守一郎は、そんな先輩方の様子を見ながら、恐る恐る、口を開いた。

「あの、」

「なんだ、浜」

 仙蔵に見られて、守一郎はぐっと言葉に詰まる。どうにも、この先輩の雰囲気は、自分に緊張をもたらす様だ。
 守一郎は咳払いをして気持ちを切り替え、「俺からの提案なんですが、」と話し始める。

「俺のひい爺ちゃんに、会わせてみるというのは、どうでしょうか」

「お前の曾祖父に?」

「はい、俺のひい爺ちゃんは、マツホド忍者隊副長の事を良く知っていますから……会わせてみれば、彼女が本物か偽物かは分かるか」

「「「それだ」」」

「も?」

 おずおずと話していた守一郎は、いきなり三人の先輩が声を揃えた事で、ぎょっと目を瞬かせる

「そうだ。その方法があったではないか。何故早く言わなかった」

「そうだよなんで早く言わなかったの。そしたらあの馬鹿達が暴走することもなかったのに」

「…………言うのが、遅い」

「え、えええ……?」

 何故、自分が責められているのだろう。正直反論したかったが、滝夜叉丸の袖を引く手にそれを止められた。
 滝夜叉丸の目は、「諦めろ」と雄弁に語っており、守一郎は引き釣るものを感じながら「すみません……」と謝るしかなかったのであった。

 その時である。
 やにわに、廊下が騒がしくなったかと思いきや、部屋の戸ががらりと開けられた。

「小平太!?」

「説教はどうした!?」

「さっき終わった」

 そう答えた七松小平太の肩に担がれている白い某かを見た途端、守一郎は「あっ!」と声を上げ、その横を松葉の影がざっと通り過ぎた。

「だったら一体それは何っ!!?」

 伊作が詰め寄る小平太の肩には、あの少女、湊川オウギが担がれていた。


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