さて、月霞むその夜を抜け

□お約束に巻き込まれるお約束
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※……浜曾祖父捏造あり  

 忍術学園一年は組の名物トリオとでも言うべき仲良し三人組、猪名寺乱太郎、福富しんべヱ、摂津きり丸は、この日、金楽寺の和尚へ学園長からの手紙を届ける御使いに出ていた。
 その帰りの事である。
 この山道を登れば学園は目と鼻の先、「お腹が空いちゃった」と力無いしんべヱを宥めすかし、励まし、腕を引きながら歩いていた乱太郎ときり丸は、前方を歩く二人の人影に気付く。

「ねえ、あれって……」

 内一人の後ろ姿は、彼等も良く知る人物だ。乱太郎の呟きに、きり丸も頷いた。

「ああ、守一郎さんだな」

 四年ろ組の編入生、浜守一郎。その隣で、守一郎に手を引かれる様にして歩く老翁がいる。
 老翁に合わせているのか二人の歩みは蝸牛の様にのろのろとして、見ている内に、守一郎が老翁を背に負いだしたのであった。
 乱太郎ときり丸は顔を見合わせ、後ろのこれまた蝸牛の歩みになっているしんべヱを見る。

「しんべヱ、ちょっと走るぞ」

「えぇ……?」

 きり丸の言葉にしんべヱは不満の声を上げたが、手を引く二人が走り出せば、渋々ながらもそれに何とか着いていく。
 そうして三人揃って、老翁を背負う守一郎に追い付いたのであった。

「守一郎さん!」

 足音に気付いて、守一郎は直ぐに振り返っていた。
 乱太郎達の顔を見て、ニカッと明るい、人好きのする笑顔を見せる。

「おお、乱太郎、きり丸、しんべヱ!御使いか?」

「の、帰りです。その人はもしかして……」

 三人が覗き込んだ守一郎の背に負われている老翁。
 枯れ枝の様に嗄れた姿はかなりの年齢を感じるがその面差しはぎろんと鋭い。

「……守一郎さんのひいお爺さんですか?」

「ご明察。ひい爺ちゃん、この子達が、忍術学園の生徒だよ」

「うむ」

 老翁は、そのぎろんとした目で乱太郎、きり丸、しんべヱを見やり、三人はその目付きに一瞬身構える。然しながら、次の瞬間には老翁はにかりとした、守一郎に何処と無く似た笑みを彼等に向けるのであった。

「うちの曾孫がお世話になっとりますな。高いところから失礼、浜玄一郎(げんいちろう)と申す」

 守一郎の背からにこやかに会釈する老翁に、三人の表情も明るくなる。

「此方こそ!一年は組の猪名寺乱太郎です!」

「同じく一年は組の摂津きり丸っす!」

「福富しんべヱです。はじめましてぇ」

 老翁は乱太郎達の挨拶ににこやかに頷き、ふと、守一郎の眼前にひらひらと手を振る。

「ふむふむ宜しく……で、守一郎、」

 その手を前に、守一郎は苦笑を浮かべ出した。乱太郎達は何事かと目を瞬かせる。

「感じの良い挨拶料」

 何事かと思えば、料金の要求であった。

「「「だあっ!」」」

 思わず三人は『お約束のずっこけ』を繰り出してしまう。
 地に転げる三人を他所に、守一郎は懐から財布を取り出し、

「はい、ひい爺ちゃん」

「うむ」

「渡しちゃうんですかっ!!?」

 玄一郎の掌に小銭を数枚握らせているのであった。

「因みに如何程で……?」

 そうなれば、自他共に認める『学園一のどケチ』であるきり丸が食い付かない筈も無く。目を光らせながら玄一郎に擦り寄るきり丸を乱太郎としんべヱがげんなりと宥めるこれまたお約束の流れとなったのである。
 そんな賑々しい出会いではあったが、玄一郎の「早く行こう」と、しんべヱの「お腹空いた」に寄り、一同は再び学園に向かって歩き出すのであった。

「ところで、守一郎さんはどうしてひいお爺さんを学園に……?」

 乱太郎の疑問は、きり丸、しんべヱの疑問でもある。
 三人分の視線を受けて、守一郎は「あー……」と罰の悪そうに顔をゆがめた。

「……えっとな、その、オウギさんに、会わせてみようかと思ってだな」

 守一郎の答えに、三人は目をぱちくりとさせる。

「オウギさんってあの……」

「守一郎さんが連れてきた……」

「七十年前のマツホド忍者隊副長……」

「儂ゃあ信じとらんぞ」

 乱太郎、しんべヱ、きり丸に続いて、玄一郎の憮然とした声。

「ひい爺ちゃん、」

「オウギはな、七十年前に死んどるんじゃ。それが娘っ子の姿のまんま現れたなんざなんかの間違いに決まっとろう! それか、渦正がボケとるんじゃ!」

 守一郎を遮って、玄一郎は顔をしかめながら怒鳴るのであった。

「……死んだって?」

 きり丸が問う。
 守一郎は小さく頷いた。

「ひい爺ちゃんが言うには、ホドホド城の落城の時ぃだだだだっ!あだだだっ!?」

 玄一郎が、やにわに守一郎の後ろ髪を強かに引っ張り、守一郎の半泣き顔がガクンと後ろへ傾く。

「易々と話すでない守一郎!!」

「ごめっ! ごめんなさいっ! 離してひい爺ちゃんっ!!」

「お若いの……悪いが詳しくは話せぬのじゃ、ただ、確かにオウギは死んだ筈……亡骸は見ておらんがな」

 玄一郎は守一郎の後ろ髪をぐいぐいと引っ張りながら、きり丸に重々しく語り掛ける。

「わかった!分かったから離して!」

 守一郎が再び叫んだ事で玄一郎の手が漸く離れる。「禿げる所だった……」と、涙目で呟く守一郎に、乱太郎達は引き釣った苦笑を浮かべた。

「あのぉ、さっき、渦正がって言ってましたけど……もしかしてひいお爺さんは学園長先生とお知り合いなんですか?」

 次の問いはしんべヱからである。
 守一郎は、恐ず恐ずと、玄一郎に目を配る。然し、玄一郎がこくりと頷いた事で、ふっと力の抜けた息を吐き、しんべヱに目を向け「そうらしいんだ」と答えた。

「……皮肉なもんじゃな。あの行き倒れが今は名高き天才忍者で、儂は敗残の落ちこぼれとはの」

 玄一郎は、そう、低い、自嘲的な笑いと共にぼそりと呟き、それを負う守一郎と、横を歩く三人は皆、何とも言えない表情を浮かべる。

 その場には暫く、少し重たい沈黙が流れた。

「…………だからこそ、俺は、」

 然し、その沈黙は、守一郎が破ったのであった。

 老翁玄一郎をよいしょと背負い直し、きりっと眉を釣り上げ力強い笑みを浮かべる。

「マツホド忍者未だ此処にあり!と思わせる程の一流の忍者になる!!」

 玄一郎は少しの間を置いて、「ふん」と鼻を鳴らしたがその耳元はじんわりと赤く、乱太郎達は顔を見合わせて、くすぐったげに笑うのであった。


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