さて、月霞むその夜を抜け

□賑やかな彼等は動き出す
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「……オウギさんと、話がしてみたい?」

 忍術学園六年は組の善法寺伊作は綺麗に「はい!」と声を揃えた彼等を見下ろした。
 彼等、一年は組のよい子達の表情を伊作はじっと観察する。どの子も皆、キラキラと目を輝かせ、楽しげにワクワクとしていた。
 伊作は、その無邪気な感じについ、小さく笑う。
 見上げてくる顔は全部で八、委員会の後輩の猪名寺乱太郎と、彼と仲の良い摂津きり丸、福富しんべヱはいない。何かある時は同級生みんなで動いている印象があるので、その三人は今はお使いにでも行っているのだろうと、伊作は思った。

「一体、何だって話がしたいと思ったのかな?」

 まあ、単純な興味だろうけど。
 と、考えつつ、聞いてみれば「それは、」と口火を切ったのは、案の定、彼等の参謀、学級委員長の黒木庄左ヱ門である。

「湊川オウギさんは、七十年前の昔から来たマツホド忍者というのが凄く興味深く「あああ!ちょっ、しぃーっ!!!!」もがが!?」

「善法寺先輩っ!?」

 伊作は大慌てで庄左ヱ門の口を手で塞いで、辺りを見回した。場所は、学園外れの薬草園、伊作と、一年は組の八名以外はおらず、周囲に人の気配も無い。そこまで確認して、伊作は溜め息一つ、庄左ヱ門から手を離した。
 自分をぎょっとした表情で見てくるよい子達に「驚かせてすまないね」と苦笑を浮かべる。
 そうであった。この一年生ながら常に色々と最前線の彼等は、突如学園へと現れた謎のくの一、湊川オウギの、俄には信じがたい身の上を知っているのだった。この事を他に知るものは、伊作達上級生と、教員達。

 はて、どうしたものかと伊作は少し、思案する。

 その信じがたい身の上、七十年も前の世界から時を越えてやって来た今は無きマツホド忍者隊の副長……という彼女の存在について、手離しに信じている様なのはそれを最初に言い出した学園長、大川平次渦正がただ一人。
 それから、六年ろ組の七松小平太が、手荒な方法を通してではあったが、オウギの人となりだけは信頼に値すると断言していた。

 後は、四年ろ組の浜守一郎。
 曾祖父からマツホド忍者の血を受け継ぐ彼が、オウギを連れ帰った。考えれば出来すぎているくらいに因果な話である。
 そんな守一郎も、オウギは嘘を吐いている様には思えないと言っている。

 残りの者達は、皆、半信半疑に揺れているといった所だ。
 斯く言う伊作も、オウギの真偽は図りかねている。
 現実的に考えれば、狂い女であると考えた方が受け入れやすい。だが、オウギの言動はその七十年前云々以外は冷静な様にも見える。何より、ほんの少しの時間ではあるが、伊作と話す時の彼女の眼差しははっきりと相手を見据えており、幻惑の中に狂い惑っている様にも見えないのだ。
 ただ、確かなのは、オウギが本気で、心の底から現在の状況に対して狼狽えて、怯えに近いほどに周りを警戒している事だ。
 オウギの様子からは、また何時、怪我を省みない行動をしてしまうか分からなくて、それだけは、保健委員長として見過ごせないと思っているのである。

「善法寺、先輩……?」

「ど、どうされましたか……?」

 ふと、一年は組の子達の声に我に返った。ほんの少しだけ彼等への返答を考えるだけのつもりが、何時の間にやら沈思黙考としてしまっていたらしい。

「ああ、すまないね」

 先程と同じ様に、苦笑しながら謝り、先程よりも表情が萎れてきている八人を見渡す。

「君達は、オウギさんが七十年前から来たって信じているんだね?」

 そう問いかけた。
 八人はそれぞれ、顔を見合わせる。
「はい!」と、態々手を上げて次に口を開いたのは、加藤団蔵だった。

「僕達には、オウギさんが嘘を吐いてる様には見えなかったんです!」
 
「それはどういう根拠で?」

「一年は組の勘です!」と、団蔵がきっぱりとそう言えば、残りの子達もふんふんと頷いた。

「勘、かぁ」

 伊作は唸る。
 根拠なんてあってないようなものだ。だが、伊作が彼女に感じている『本気で狼狽えている』というのも、言ってみれば六年連続保健委員の末の保健委員長としての勘なのである。
 実戦経験だけは一年とは思えない程に詰んでる彼等の『勘』。そう侮れないかもしれない。

「あ、でもそれだけじゃないですよ」

 と、次に口を開いたのは、笹山兵太夫だ。

「石火矢を見てる時、明らかに狙われてたのに、全然焦っていなかったし、」

「焦っていなかったどころか、不思議そうに石火矢を見てましたもん」

 兵太夫の言葉をにこやかに紡ぐ夢前三治郎。
 この一年は組の仲良しからくりコンビには伊作も随分世話になっている。

「今のご時世、忍者なのに石火矢を知らないなんてあり得ませんよ、ね。兵ちゃん」

「そう。演技だとしても、石火矢に狙われて、あんな何も緊張感の無い構えも無い立ち方なんてできると思えないよ」

 兵太夫がそう言えば、庄左ヱ門とその隣の二郭伊助だけがふんふんと頷いた。
 残りの子達は「ほへぇ」と感心した様に兵太夫と三治郎を見ているものであるから、伊作はつい噴き出してしまうのであった。

「で、話を聞いてみたいと思ったのかい?」

「それもあるんですけど」と、皆本金吾が口を開く。

「これから学園で働く方だったら、仲良くなりたいなって思ったんです」

 金吾の隣で、佐武虎若が頷いた。

「うん、悪い人って感じはしないし」

「それも、一年は組の勘?」

 伊作が聞けば、また全員がふんふんと頷く。

「この前はお姉さんとは少ししかお話しできなかったけど、いっぱいお話ししたら、もしかしたら蛞蝓さんを好きになってくれるかもしれませんしぃ」

 山村喜三太がそう言えば、今度は喜三太以外皆、ふるふると首を横に振るのだった。
 それから、また八人、期待を込めた眼差しで伊作を見上げてくるのである。

「そうだなあ……」

 伊作は頭を掻いた。

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