さて、月霞むその夜を抜け

□賑やかな彼等は動き出す
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「だめですか?」

 八人は、伊作の反応が色良くは見えなかったらしい。「いや、」と伊作は首を曖昧に振る。

「構わないよ……うん、良いんじゃないかなと思う」

 オウギは自身が監視下にある事にはどうやら気付いている。
 だが、上級生達は別段、何も起きなければ彼女をどうこうする気は無い。
 監視役の生徒の人選に至っても、相手に緊張感を与えない、所謂、順忍の資質を持つ者達に任せている。伊作と共に人選を考えた六年い組の立花仙蔵の見解は「間者ならば気の緩んだ頃に尻尾を出すだろう」であり、伊作としては、尻尾云々よりできるだけ早く、彼女の緊張状態を解いてやりたいという考えだった。
 伊作のその考えに乗っ取るなら、如何にも監視していますと内密に囲い込むよりも、いっそ賑やかしく開放的にしておいてやる方が彼女の精神衛生にも良いような気がした。
 そうして、そんな空気を作るのには、この一年は組のよい子達はうってつけだと、伊作はそう考えた。

「お話ししに行っても良いんですか?」

「うん良いよ。でも二つ、約束してほしい」

 伊作はそう指を二本、八人の目の前に立てる。八人は素直過ぎるくらい真剣にその指を見た。

「一つは、オウギさんが過去からやって来たっていうことは上級生と先生方と君達だけが知る秘密にしておく事……君達は信じてるけど、そうじゃない人もきっといるだろうからね」

 ゆっくりと、彼等に分かりやすい様に、と、伊作は立てた指を一本曲げながら話す。

「もう一つは、オウギさんには、あまり七十年前の事をあれこれ聞かないこと。特にマツホド城の落城については聞いちゃ駄目だよ」

「駄目なんですか」

 庄左ヱ門が聞いてきた。

「うん……そうだなあ。例えば、君達が突然、七十年も先の世に飛んでいってしまったと、しよう」

 伊作は言葉を探しながら、訥々と返していく。

「右も左も分からない、自分に、何が起きたかも分からない。そこで、いきなり周りから、お前は七十年前の人間だ、忍術学園ももう無いって、言われたら……ああ、例えだよ!例え話!」

 見下ろす顔が、見る間に暗く曇り出すものであるから、伊作は慌てて手を振り彼等を宥める。

「はにゃあ……忍術学園、無くなっちゃうんですかぁ」

 喜三太などは涙目だ。その隣の金吾もぐっと唇を噛み締め震えていた。

「いや、だから例え話だよ……無くならない……そんな事があったとしても、それはもっとずっと、先の話だよ」

 そう宥めても、二人を含めて一年は組の子等はみな沈んだ不安気な表情だ。
 思わず両手を伸ばして彼等の頭を二人ずつグリグリと撫でながら、ああ、然しそうかと伊作は思う。

 今あるものが、何時か無くなるだなんて、普段は考えたりもしない。
 十五年生きて、流石に何もかもが永遠だとは思わなくなったけれど、今此処に確かにあるものが、何時かは必ず無くなるというのは、何だか酷く寂しく悲しい気持ちになる。
 自分ですらそうなのだ。まだ幼い彼等にはどれ程の不安だろうか。
 伊作は、自分の例え話を後悔する。後悔すると同時に浮かんできたのは、今保健室で一人眠っているだろうオウギの事だ。
 彼女がいるのは、その場所なのだ。
 気付かぬ内に、何もかもが終わった場所に一人残された。
 それはいったい、どれ程の孤独だろうかと、伊作はその時、同情よりも先にひやりと背筋が冷えるものを感じたのだった。

「……ごめんね。変な話をしてしまった。どうする?オウギさんには会いに行くかい?」

 彼等の様子を見る限り、すっかり気持ちが削がれた様だった。
 これは無理かもなと思いながら、聞いてみれば、庄左ヱ門が顔を上げる。

「いえ、行きます」

 丸く利発そうな目は幼いながらもきっぱりとした決意に溢れている。

「ねぇ、皆。善法寺先輩がお話しされた通りなら、僕達でオウギさんを元気付けようよ」

 伊作はその言葉に目を微かに見開いた。
 そんな伊作を他所に、一年は組の子達は少しずつ顔を上げて、庄左ヱ門を見る。その表情が見る間に明るくなるのに、伊作は小さく息を吐いた。

「うん……そうだね。じゃあ僕と三治郎はからくりを幾つか持っていこうかな」
「良いね兵ちゃん。ちょうど最近作ったからくり人形を見せようよ」
「ナメさんたちぃ、頑張ろうねぇ」
「僕らは部屋から双六とか持ってくる!」
「碁もあるよ!」
「図書室から本を借りてこようか。花とかもあると良いよね」
「ちょうど良かった。こないだ町でお煎餅を買ってるんだ」
「よしそうと決まったら皆それぞれ準備してから保健室に集合だ!」

 おお!と声を揃えたよい子達は、「ありがとうございました!」と口々に伊作に礼を言いながら銘々元気に走り去っていく。

 伊作はそれを見送り、先程よりも大きく息を吐いた。

 そう、考える事ができるのか。
 なんて健やかな考えなんだろう。

 と、胸が詰まる様な気分になり、もう一度息を吐く。

 一先ず僕は、オウギさんがあの子達の訪問に驚かないように先に保健室に着いておかなくては。

 伊作は気を取り直し、手早く薬草を摘み取ってから保健室へと急ぐのであった。

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