さて、月霞むその夜を抜け

□奇妙な再会
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 マツホド忍者隊は八十名程の忍で構成された中規模の組織でありながら『隊長』と呼ばれるものは存在しなかった。
 先の隊長が、今後の忍軍を束ねる者として湊川オウギを据え、然し肩書きは『副長』とさせていたのには幾つか理由がある。

 先ずは単純な話である。忍者隊には、オウギよりも強く賢い者が他に居なかったのだ。
 そうとは言っても、齢十四の……その話が持ち出された当時は十三になったばかりであった。……小娘の下に着けというのは幾ら忍が実力主義と言えども士気の下がる話である。
 故に、あくまでオウギは『副長』として頂きの中程に立たせ、この小娘を倒した者が本当の頂きに立てるとしたのである。

「同じ敵を持つ集団は纏まりやすいっつぅ話だ」

 マツホド忍者隊の浜玄一郎(げんいちろう)はそうぞんざいに言い捨てた。
 玄一郎の実力は上から二番目、つまりは現時点で最も隊長に近い男である。
 オウギは今夜は不寝番で本城へ出払っている。大川平次渦正の一宿一飯の世話を玄一郎に頼んだのはオウギであった。
 簡素な飯を終えて囲炉裏を挟み、玄一郎との間にあるむっつりとした沈黙に耐えかねた渦正が、「何故、此処には隊長がいないんだ」と何となく思っていた事を訪ねたのがこの話題の発端であった。

「それではまるで、餌じゃないか」

 渦正は思わずそう言った。

「的、とも言えらぁな」

 玄一郎は白湯を啜り、げふと吐き出した息と共に言った。

「だが、その的を射抜けた矢はただの一本も無い…………天才って奴ぁ、いるんだわ。どうだ。あいつが不寝番の帰りに何人を返り討ちにするか賭けてみるか」

 渦正はそれに答えを返さず、半分開かれた戸の向こうの色濃い宵闇をじっと睨むように見ているだけだった。




「おっ帰りぃ!」

「お土産あるぅ?」

「和尚様は元気だった?」

「しんべヱ、饅頭あるぞぉ」

「かき餅もあるよ」

「守一郎さんも来た!」

「お帰り守一郎。その人がひいお爺さん?」

「ええ?この人がっ!?」

「御年幾つでいらっしゃるんだ。良く山道を連れて来れたなぁ」

「新しくお茶を淹れようか」

「皆、みんな、もう少し静かにね」

 なんという賑やかさだ。
 と、四年ろ組の浜守一郎は目を瞬く。
 元マツホド忍者である曾祖父を連れて訪れた保健室は中々の大所帯であった。

「和尚様は相変わらずって感じだったよ、お土産は無いね」
「お駄賃は貰いましたぁ」
「お饅頭ぅうう〜!」

 一年生の仲良し三人組、乱太郎、きり丸、しんべヱが混ざっていくのは彼等の同輩、一年は組の生徒達。三人組含めて十一人いるという事は全員が此所に来ているという事だ。
 涎を足らす勢いのしんべヱに饅頭やらかき餅やらを食え食えと与えているのは五年い組の尾浜勘右衛門だ。その隣には五年ろ組の不破雷蔵もいる。彼等は守一郎と同じく、オウギを監視する生徒として選抜されていた筈だがどういった訳か、姿を露に、のんべんだらりといった風情であった。
 いや、姿を云々と言えば守一郎と同学年であるは組の斎藤タカ丸だって最初から忍ぶ気が毛頭無かった様な……いや、あの人は少し特殊か。と、守一郎はこの部屋の主とも言える先輩に目を向ける。

 六年は組、保健委員会委員長、善法寺伊作。
 湊川オウギに纏わる事に対して今最も判断要素を多く持ち、決定権の一部を担っている彼が、恐らくこの大所帯を良しとしたのだろう。

 守一郎のその読みは大体当たっている。
 だが、伊作は守一郎が思うより善意と優しさで出来た男だ。
 伊作が望んだその賑やかさと和やかさには、守一郎の見解に反して全く以て裏も他意もない。オウギの精神衛生だけを考えたものである。
 守一郎は瞬いた目をうろうろとさ迷わせる。事は実のところ単純なのだが、どういう状況なのかと戸惑ってしまっていた。

 その時、ふと、横から尋常でない気配を感じ、はっと我に返った。

 先程から沈黙している。老翁は、

 守一郎はその顔を見る。
 真っ赤な、いや日に焼け色褪せた肌の為にそれはどちらかと言えば赤黒い顔で、目をカッと見開いている。
 その視線の先にいるのが誰であるかなど確かめなくとも分かる。

「ひい爺ちゃ、」

「オウギ」

 老翁が部屋の布団に座す少女を呼ぶ声は掠れ震えていた。
 いつの間にかしんと静まり返った部屋に、その声がやたらと大きく響いたのであった。

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