さて、月霞むその夜を抜け

□眩む程に目映いものは
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 忍術学園の奇妙な来訪者、湊川オウギが、学園長の大川平次渦正に暫く世話になると改めて礼を述べた。その事を知った六年生の精鋭六名は、同日の夕刻に再び顔を合わせ、節を揃え、今後の対応について話し合うこととなった。

 そこでは先ず、善法寺伊作が、保健委員会委員長として今日まで近くで見てきたオウギの動向と事の次第について語ったのだが、伊作が語る間も、全て語り終えた後も暫くは、誰も言葉を発する事は無く、六人が集まる部屋には重たい沈黙が流れていたのであった。

「……つまり、湊川オウギは結局、学園長先生のご意向通りに『学園のお手伝いさん』とやらになる訳だな」

 暫く続いた沈黙を破る第一声は、立花仙蔵からであった。
 常から沈着冷静を旨とする仙蔵の声色は静かではあったが、細めた目には懐疑的なものを宿していた。

「学園長先生は、今もそいつが七十年前から来た人間だと信じているのか、そんな」

 食満留三郎はそこまでを言い掛けて口を閉じる。馬鹿げた話、と、言い切るのは非礼に思えたのもあるが、隣席の伊作の表情を見咎めたからでもある。

「伊作、」
「伊作、お前までまさかそれを信じ始めてはいないだろうな」
「おい。俺が言おうとした事を勝手に言うな阿呆」
「知るかバカタレ」

 潮江文次郎が伊作を睨み付けながら言った事は、そのまま留三郎が思っていて言わんとしていた事だった。
 図らずも考えを揃えてしまった二人の好敵手達が睨み合うのを見ながら、他の面々は「今晩は雨か」と他愛ない事を思うのである。

「信じる、というか何て言うのか……多分、僕の見解は以前小平太が言った事に近いかな」
「うん、私か?」

 伊作の返答に、七松小平太は怪訝そうに首を傾げた。

「長次、私って何か言ってたか?」
「…………狂い女であろうとなかろうと、湊川オウギが真剣である事は、信頼できる……と、」

 中在家長次がかそけき声で補足すれば小平太「おお、そういやそうだったな」と我の事ながら大袈裟に関心した様に胡座の膝を打つのだった。

「四六時中見張ってはいるんだろ。はったりなら襤褸は何処かで出てるんじゃねえのか」

 無邪気かつ呑気な小平太を横目にじとりと見ながら文次郎はそう問う。
 仙蔵と伊作は顔を見合わせ、一方は何とも言えない溜め息を吐き、もう一方は苦笑を浮かべた。

「……今の今までその綻びは見せておらんな。相も変わらず警戒を解かず捕らわれの身風情。見張り役の尾浜、不破の見解もあれが演技をしている様には見えない、との事だ。ただ、我々は湊川オウギに監視体勢を勘づかれているお粗末ぶりであるから、あいつらの見解もいまいち信頼できかねる」

 と、仙蔵。

「……だけど、真剣なのは、オウギさんだけじゃない」

 と、伊作。
 その言葉の意味を察した同輩達は銘々、複雑な表情を浮かべた。

「それが最も厄介だな」

 仙蔵がまた、何とも言えない溜め息を吐く。

「でもね。僕から見て、彼女は、僕達に、学園に何かしらする腹積もりがある様には思えないんだ。彼女は、真剣に自分の置かれた状況に怯えて警戒している……様にしか見えない」

 そう語る伊作に仙蔵は目を僅かに眇め、文次郎と留三郎は眉間に皺を寄せ、小平太は面白げに鼻をすんと鳴らし、長次は静かに目を伏せる。

 彼等六人の内の一人、善法寺伊作が、御人好しが服を着た様な人物である事は学園中に良く知られている。だが、一方で彼は、誰彼構わず同情的になる程甘い訳でもない。それを知っているのは彼等同輩達だけである。
 伊作は、保健委員会委員長として医療的場面においては慈悲深く平等ではあるが、同時に、忍を志す者として人の悪意や裏表というものも良く分かっている。故に、彼自身からの信頼を得るというのは存外に難しいのだ。

 そう、彼等が思っている伊作からの、湊川オウギを擁護する言葉。

「それでも、僕までにそう思わせる程のはったりを張れているならば、恐ろしい曲者だろうね。若しくは狂い女。若しくは、本当に、過去からやって来た人……その何れかだ」

「……結局、判断が保留なのは変わりねえか」

 留三郎がやれやれと頭を掻きながら言った。伊作は「そういう事」と苦笑する。

「どの道、学園長先生の決定は絶対だ。明後日から、先ずは事務の手伝いとして働き始めるそうだよ」

「監視はもう着けねえのか」

 留三郎の問いに、伊作は苦笑を引き釣らせた。

「四年の、浜が暫く世話役として側に着く事になったよ」

 伊作のその表情は、面白げでもあったし、厄介な出来事を目の当たりにしている様でもあった。

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