蛇が羊を飼ったようです。(スネック)

□出会いはここから
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「スネックくん、君が彼女の面倒をみてやってくれ」


眼鏡を光らせながらそう告げられた俺は、隣にいる一人の女をチラリと見た。
彼女はこちらを縋るように見つめ、目で懇願しているのがわかる。



こんなことになったのも、つい一時間前のこと。



仕事が終わり、夕日に染まるその道を歩いていた。その時はたまたま全く人とすれ違わず、そして俺はたまたま────怪人に襲われている女を助けた。
怪人は俺が一発拳を振っただけで呆気なく音を立てて潰れ、肉片が地面に飛び散る。
ただ、厄介なことにそいつは「人の記憶を吸い取る」怪人だったらしく、俺が助けた時には女はすでに殆ど記憶を吸い取られていた。

思えば偶然の連続だった。俺はヒーロー協会と連絡をし、彼女を連れて今まで歩いてきた道を引き返した。
ヒーロー協会の奴らによると、被害報告は彼女が初めてだったことから彼女が最初で最後の被害者らしい。被害を最小限に留めたことは良かったが、記憶を喪失した彼女は同時に帰る家を失った。




そして、今に至る。


「……は?なんでだ、持ち物から身分証でもなんでも……」


「女性の持ち物を確認したが、身分証はおろか携帯も持っていなかった。小銭の入った財布と買い物の袋しか所持していなかった」


奴はそう言って俺の少し後ろに隠れるように立っている彼女を憐れむように見た。


「こちらからも調べを尽くすが、何しろ身分を示すものが何も無い。その間彼女は家も何も無いだろう」


「そんなことは知っている!そういうのは協会側が面倒を見るもんだろう!?」

ついムキになって反論をすると、あいつはゆっくりと首をふる。


「そうしたいところだが……生憎本部は忙しい。衣食住の面倒までは見切れない」

「な……」

それに…とあいつは付け加えた。

「第一発見者でヒーローである君が彼女を助けられなかった事に本部は密かに責任を追及している。そして君は結婚もしておらず家庭も持っていない、責任を追うとでも思ってくれれば良い」


「ま、待て…!!そんな事を急に言われてもな…!!」

彼女のことは不憫だと思うが、まさかこうなるとは思わなかった。俺は完全に動揺していた。


「安心してくれ、彼女の生活に必要な費用は全て協会側が支給することになった。」

そこまで言うと、男は思い出したようにまた口を開いた。


「そうだ、大切な事が一つ。この結果は彼女自身の意思でもあることを忘れないで欲しい」


「なんだって……」


俺は少し後ろに立っている彼女に目をやった。彼女は何度も頷いている。
協会に行く途中、俺と彼女は何度か会話を交わした。記憶を無くした彼女にとって今のところ最も親密な関係をもっているのは俺しかいなかった。


「わ、私は…できることなら彼と一緒に、いたいです」

これから起こる心配や不安を目に宿しながらそう訴える彼女を、俺はヒーローとして、いや────人として放っておくことなどできなかった。



外はすっかり日が落ち、建物の明かりが点き始めていた。





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