蛇が羊を飼ったようです。(スネック)
□3 もっと知りたい
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気がついたら、春子の身元が分からないまま向かい入れてから二日が経とうとしていた。生活費用は春子を連れてきた次の日に協会から自宅へ送られてきて、春子は衣服や生活に必要なものを確保することが出来た。
初めは控えめな大人しい奴だと思っていたが、だんだん向こうから話しかけて来るようになった。
「おはようございます、スネックさん」
リビングで新聞を片手に珈琲を飲んでいると、寝室から瞼を重そうに開いている春子が出てきた。(彼女は寝室、おれはリビングのソファで寝ている。当初彼女はとんでもなく遠慮をし「床で寝る」などと言い出したが、なんとか説得して寝室に寝かせることに成功した。)
「あぁ、よく眠れたか?」
「は、はい」
返答する言葉はぎこちないものの、その表情は出会った頃より柔らかかった。
しかし俺の座るテーブルの向かい側で正座をする姿にやはり未だリラックスはできないようだった。
「今日はお仕事ですか?」
「いや、今日は非番だ」
「そうですか…」
「……?」
そう返答すると、春子は何やら言いたげな表情をこちらに向けた。言おうか言わまいか迷っているようで瞳には困惑の色が映る。
「言いたい事があるなら遠慮は無用だぞ」
なるべく優しい印象になるように言うと、春子は数回瞬きをして座り直し、こちらを伺うように顔を傾けてそっと口を開いた。
「あの……スネックさんについてもっと知りたいです」
「………」
俺は放たれた言葉を飲み込んで理解するのに時間がかかり、珈琲の入ったカップを口に付けたまま固まってしまった。そんな俺を見た春子は言い直そうと少し慌てたようにまた喋りだした。
「ええっとそれはつまり……仲良くなりたい、ということでして……」
「仲良く?」
言葉を繰り返すと、少し恥ずかしそうに頬を赤らめる春子はこくりと頷いた。
そんな様子に「可愛い奴だな」と思ったと同時、相手も自分の事を知ろうとしてくれていた事に嬉しさを感じた。
そして俺は仕事先での話、出会った怪人の話など、くつろぎながら色々な話を春子にしだした。そのどれもが他愛の無いものだったが、春子は時折質問をしながら楽しそうに話に耳を傾けていた。
そして話は最近入った問題の新人の話になった。
「…その新人さんはどんな方だったんですか?」
「とにかく最悪だ……あんな奴がヒーローになってやっていけるとは到底思えない…そうだ、写真がある」
携帯に保存した例のはげ頭のヒーローの顔写真を春子にみせた。
「まぁ……ふふ、是非会ってみたいですね」
「やめとけ……実際はもっとふざけた顔してやがるからな」
大真面目に言ったつもりだったが、春子は声を立てて笑った。
いつも話す時柔らかく笑ってはいるが、ここまで笑う春子は見たことが無かったため感動すら覚えた。
そして今度A級ヒーローバネヒゲのカフェに行こうという約束をした頃には、すでに太陽は西に傾きはじめていた。
少しずつ、でも確実に彼女と親しくなっていく感覚が心地よかった。
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