蛇が羊を飼ったようです。(スネック)
□2はじめての
1ページ/1ページ
「スネックさん、本当にありがとうございます」
スネックの後ろを歩きながら女は礼を言った。
「気にするな。こんなオッサンの家で良いって言うなら歓迎する」
そうは言ったが、スネックは内心不安で一杯だった。どう見ても二十代前半半ばくらいの女性が自分のような所謂中年男の家に寝泊まりして生活するなど、あって良いものなのかと。
ある日警察が家に押しかけてきて捕まるのではないか?とまで考えていると、冷たい汗が止まらなかった。
「スネックさん?」
「ん!? あ、あぁ、大丈夫だ」
回り込んで顔を覗き込まれたスネックは口の端を吊り上げてなんとか笑顔をつくった。
「そういや……お前は自分の名前は……覚えてるか?」
「名前、ですか?」
マンションの近くに差し掛かったところで思い出したように質問すると女は視線を下に落として考える仕草をとり、暫くうーん、と考え込んだ。
スネックはダメかと思い、声をかけようと口を開きかけた。その時、女はふと顔を上げ、ぽつりと言った。
「春子……春子、です
姓は…思い出せません」
春子は自分の身元と姓、年齢、誕生日などの記憶は全く無いようだった。
しかしヒーローの存在や最近のニュースなどは覚えていた。春子を襲った怪人の能力は完全ではないのだと、スネックはその時知った。
*
「着いたぞ、ここだ」
スネックはそう言ってマンションの入口で振り返る。ポケットから鍵を取り出しドアを開け、春子に先に入るよう促した。
「お、お邪魔します……!!」
春子は玄関まで入ってなかなか上がりこまない。スネックが「遠慮するな」と軽く背中を小突いてはじめて、部屋に足を踏み入れた。
スネックはタンスからシャツとズボンを適当に取り出し、春子に手渡した。
「軽くシャワーだけ浴びて来るといい、オッサンの服なんて着たいとは思わないかもしれないが、今日限りの辛抱だ」
受け取った春子は再び礼を言い、部屋から出ていった。
少しすると、何故か春子が戻ってきた。
「あのぅ……お風呂場はどこにありますか?」
この上なく決まりの悪そうな顔で言った。
.