連載
□ラブコメ戦線異状なし 前編
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天使だ女神だと呼ばれるのが、嫌なわけじゃない
ただ、どうして皆、最初の印象で全てを決めてしまうのだろう
私だって、欲もある普通の人間なのに 恋もしたい普通の女の子なのに
気づいたら、男子には遠巻きにされて、恋愛を夢見ることもなくなっていた
それでも友達に恵まれて毎日は楽しいし、ささやかな日常を受け入れてきた
左門くんに出逢うまでは――
――ラブコメ戦線異状なし――
「左門! また悪魔の力貸してくれ!!」
悪戯坊主を叱る母親よろしく、左門に説教している彼女。
ここ私立算文高校屋上で毎日のように繰り広げられる光景だ。
その最中に乱入したのは、すっかりお馴染みのこの男。
「今度はどうしたの? 九頭龍くん」
機嫌良く答える左門とは対照的に、また発生するであろうトラブルを予測して、彼女は顔を引きつらせた。いい加減懲りろよと、内心ツッコミを入れる。
「3日後に合コンに行くんだ。それで、惚れ薬があったら出してくれねーか!?」
「はあ!?」
九頭龍と合コン。世の中にこんな結びつかない言葉もないだろう。一応彼も男子高校生ではあるのだか、メンタルが小学生過ぎるので、彼女を欲しがっているようには見えない。
なのに、どんな状況下で結びついたかというと――
先ほど帰路に着こうと教室を出た九頭龍を、幹事が呼びとめた。メンツが足りないから、来てくれという、よくある理由である。合コンなんて興味ないし、面倒くさい。と、断ろうとした彼に、幹事はささやいた。
「まあ、聞けよ。相手はゾロアスター女学院だ。もし、お前があそこのお嬢様を落とせたら、一万円やる」
九頭龍の目の色が変わったのは言うまでもない。ときどき左門に昼飯代をたかるくらい金欠の彼にとって願ってもない話だった。学生の分際で一万円も賭けるとは、気前のいい幹事のようだが何のことはない。九頭龍に落とせるわけがないと踏んでいるからである。
もちろん本人も、女を口説けるような器量が自分にあるなどとは思ってもいない。だが、悪魔の力を借りれば可能だと見て引き受けたのだった。
「いや、それ相手の女の子に失礼だよ!!」
ようやく納得できたが、女子としては聞き捨てならない内容だ。
「何言ってんだ、天使ヶ原。合コンなんてもんはなあ、男と女の騙し合いだ。誰も本気で相手が欲しくて来るわけじゃねえ。損得勘定の魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界なんだよ! そこで俺が女を騙して何が悪い!! なあ、惚れ薬くらいあるだろ、左門!?」
誰かの受け売りみたいなセリフで堂々と力説する。
彼女は左門の方を見た。どこかの漫画じゃあるまいし、さすがに惚れ薬なんてないだろうと目で訴えるが。
「あるよ」
左門はあっさりと答えた。今回も騒動が起こるという宣告のようで、彼女はがっくりと肩を落とす。
「ちょっと待ってね」
左門は携帯を取り出すと、メールを打ち始める。しばらくして返信の着信音が鳴った。
「今、持ってきてもらうように頼んだから」
懐から白紙を取り出すと、慣れた手つきで魔法陣を描く。
彼女と九頭龍に、危ないから下がってと告げると、紙を床に置いた
爆音と共に現れたのは、隕石に乗った魔女だった。いつか、嬉村笑美の魂が奪われたときに召喚したパリカーだ。そのとき携帯が壊れたのと同じく、紙は黒焦げになって散り散りになる。
「彼女は色々な薬草を扱ってるんだ」
魔女は左門に半透明の袋に入った白い粉薬を渡した。風邪薬のようなそれを、背後の二人が珍しそうに見ている。左門は薬の説明を受けた。それが終わると、魔女は来たときとは別の隕石に乗って、空へと消えて行った。
「はいこれ。飲んで最初に目にした異性を好きになるんだって。無味無臭だから、飲み物に混ぜるといいよ。効き目が切れる時間は個人差があるけど、3日位なら大丈夫だから」
「ありがとう! 心の友よ!!」
どこかで聞いたようなセリフを吐くと、待ってろジュースおごってやるから!と、屋上を飛び出す。その背中を彼女は心配そうに見送った。また因果応報な結果になるだろうが、合コンについて行くわけにもいかないし…
そのとき彼女は知らなかった。出て行った九頭龍と背後にいた左門が、邪悪な笑みを浮かべていたことを。他人の心配をしている場合ではないということを――
程なくして戻ってきた九頭龍は、ミルクティのペットボトルを2本抱えていた。
3人は座ると、飲みながら他愛もない話をする。
ふと、彼女は隣の左門がさっきからずっと黙っていることに気付いた。何だか視線を感じる。
「左門くん?」
彼と目が合った瞬間、もの凄い勢いで両手を握られた。
「天使ヶ原さん……!!」
熱を孕んだ瞳で見つめてくる左門がそこにいた。頬は紅潮し、唇からは吐息が漏れている。
「君は僕の天使だ! 女神だ! 宝石だ! 太陽だ!!」
「え? ええっ!!??」
普段とは真逆の言葉で自分を形容する左門に、驚きを禁じ得ない。これではまるで愛の告白だ。張り付けた微笑をかなぐり捨て、情欲をむき出しにしている。掴まれた手には段々力が込められてくる。
「おー、すげー効き目だな」
この場に似つかわしくない、呑気な声だった。
「九頭龍くん、まさか…!」
「また痛い目みるのはごめんだからな。お前で試させてもらったぜ、左門」
そう、九頭龍が左門に惚れ薬を飲ませたのだ。ペットボトルを渡す前に、蓋を開けて混入したのだ。心の友と呼んだのは何だったのか。裏切り者の顔は醜悪に満ちている。
一方、左門は既に彼女しか見えていないのか、九頭龍の声も聞こえていないようだった。
とんでもないことになる予感はしていたが、自分の身に降りかかってくるとは思わず、彼女は青ざめる。
「ま、いずれ効き目は切れるって言ってたし、それまでよろしくやってれば?」
クズは笑いながら立ち上がると、二人に背を向ける。
「待てこら!! 助けろおい!!」
痛い目見るのはお前がの○太だからだろ!! という彼女の叫びも空しく、九頭龍は去って行く。
「つーか、惚れ薬も何も…」
元々惚れてるだろという彼の呟きが、残された二人に聞こえることはなかった。