連載

□ラブコメ戦線異状なし 後編
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〜前回のあらすじ〜

九頭龍の策略によって惚れ薬を口にしてしまった左門は、てっしーに恋をしてしまう。
彼女に付きまとう左門は、てっしーFCに校舎裏に呼び出されるが、返り討ちにする。
これ以上の騒動に発展するのを恐れたてっしーは、左門を避けようとするが、業を煮やした彼に唇を奪われそうになってしまう。果たして彼女は、左門の魔の手から逃れられるのか!? そして筆者にR指定の描写ができるのか!? 
いま、少女の純潔を賭けた、男と女の決闘が始まろうとしている――
(注:この話は全年齢対象です。残念ながら、性描写は一切ありません)



――ラブコメ戦線異状なし――


 マンションの出口から一歩外に出ると、早朝の静謐な空気が感じられた。そのさわやかさとは裏腹に、彼女の気持ちは重く沈んでいる。昨日のことで左門と顔を合わせたくはないが、学校を休むわけにもいかない。仕方なく歩みを進める。

 ふと、視界に水色の頭の人物が入った。遠目からでも目立つそれを見た途端、慌ててマンションに引き返す。壁に隠れて様子を窺った。

(な、何で左門くんがこんな時間に!?)
 彼と出くわさないように、普段より30分早く家を出たはずだ。もっと早く出たいところだが、あまり早くても学校は開いていない。

(うわあああ―――!!!! どうしよう! どうしよう!!)

 彼女の脳裏に屋上での左門との出来事が蘇る。一気に顔に血が上った。恋愛未経験の彼女にとってはキスをされそうになっただけでも恥ずかしいというのに、普段彼からは酷い態度を取られていて甘い雰囲気など微塵もなかったため、余計羞恥に拍車がかかる。

「何やってんの?」
 頭を抱えて苦悩しているうちに左門に見つかってしまった。固まって振り返ることもできない。
「…ど、どうして、この時間に出るってわかったの…?」
 背を向けたまま、やっとの思いで口を開く。
「どうしてって、昨日の朝見かけなかったから、ヘビモスに聞いたんだけど」
「え?」
「いつも君の部屋に憑けてるんだから、それ位予測できない?」
 馬鹿にしたような物言いに、むっとして振り返る。相変わらず、何を考えているのかわからない微笑がそこにあった。思いのほか近くにいたので慌てて距離を取る。

「そんなに避けないでよ。傷つくなあ」
 全く傷ついていない顔で、ぬけぬけとほざく。
「安心して、もう何もしないから」
 両手を広げてみせる彼からは確かに、昨日屋上で見せたような邪気は消えていた。

「ていうか、前も言ったじゃん。逃がさないって」
 彼女から目を逸らしつつ話す。少し頬が赤くなっているのが見えた。
 前もとはいつだろうか。少なくともこんな状況になる前に言われたことなんてあるわけが――

「あっ……」
 思い出した。彼女自身を賭けた決闘のときだ。「君を逃がさないために必ず勝つ」と。
 左門が負ければ、彼女は日々の嫌がらせから解放されるはずだった。なのに全く不快ではなく、むしろむきになる左門が幼い子供のようで可愛らしく感じた。

 なぜ彼にそんなに執着されるのか、未だによくわからない。でも一つだけわかったことがある。惚れ薬に侵されていてもいなくても、左門は左門だ。悪戯をして母親の愛を試そうとする子供みたいな彼に変わりはない。
 惰眠の悪魔と暴食の悪魔を憑られて、その身を囚われているうちに、いつしか心まで彼に囚われてしまった。でもそれは不快ではなく、むしろ――

 彼女は悟った。どのみち、もう彼からは逃げられないということを。だったら、薬の効き目が切れるまで付き合おう。本当の彼にどう思われていてもいい。ただ傍に居られれば、それでいい。

 そうだね、と彼に向って笑う。目を逸らしていた左門は、そのまま踵を返した。その背中に追いつくと彼と並んで、学校に向かった。




 それからの二人は、どこにでもいる普通のカップルだった。
 
 彼女が教師に頼まれた資料を抱えて廊下を歩いていると、代わりに持ってくれた。どこへ?と聞かれて「化学準備室」と答えると、そこまで運ぶ。正直、彼女では前が見えない位の高さまであったので助かった。
 昼休みは親友が気を利かせてくれて、中庭で二人きりで取った。校内でも恋人同士が一緒に昼食を取るのはよくある光景だが、自分がそれを経験するとは思ってもみなかった。
 放課後は、図書室で一緒に勉強をする。高い棚に手を伸ばして苦戦していると、左門が「これ?」と取ってくれた。まさに絵に描いたような少女漫画の1ページだった

 何より左門がとても優しかった。憎まれ口を叩くことなく、かといって押しつけがましくもなく、学級委員で忙しい彼女をさりげなく気遣ってくれた。彼氏がいるというのは、とても安心することなんだなと実感した。

 一方、左門と天使ヶ原が付き合っているとの噂は真実であったとの報は、既に学校中に広まっていた。左門が彼女への好意を全く隠そうとしなかったからだ。

 男子の中には学校を休んだ者もいて、某男性芸能人が結婚したときのように「天使ロス」と呼ばれる現象が起きていた。そこまでしない者も、二人の仲睦ましい様子に「彼女が幸せなら」と諦めざるを得なかった。

 女子はというと、彼女を質問攻めにした。「左門とはどこまでいったのか」と聞いてくる者もいた。どこまでといわれても、静岡とか南米とかベタな返ししかできないが。以前から、中身はともかく長身で顔も美少年と言える程整っている左門との関係に興味津々だったようである。同級生だけでなく、廊下で先輩後輩問わず「お幸せにー」と声を掛けられる度に赤面した。

 一部では「あの二人って、いいよねー」「ていうか、萌えるよねー」と盛り上がり、「私、夏コミあの二人で取る!」などと宣言する者もいた。視聴覚室のパソコンで、さもてし小説を書き始める者まで出る始末だ。学生さんは決して真似しないように。

 とにかく彼らの交際は、学校中を巻き込んで上を下への大騒ぎとなったのである。さすが本編で人類の存亡を賭けてまでラブコメしてる二人は違う。

 
 楽しい学校生活が過ぎ、下校時刻となった。
 夕暮れの校庭を二人で歩く。校門を出たとき、左門がポケットから手を出した。顔を背けて、手だけ彼女に差し出す。校内では手を握らないようにと言ってあったから、この時を待っていたのだろう。笑ってその手を取る。抱っこをねだる幼子に向けるような笑顔だった。

 二つの長い影が一つに重なる。自分より一回り大きな手のぬくもりを感じながら、幸せをかみしめた。


 が、しかし
 異性と付き合うということは、いつまでもほのぼのとした気分に浸ってもいられないわけで…


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