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□気が早い!
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所謂社畜、と自負している彼女は確かにいつも疲れた顔をしてポアロに現れる

カウンターの一番奥に座ってメニューよりも先に深い溜息を漏らした彼女に少し熱めに温めたおしぼりを手渡すと、まるでお祈りをするかのように手を拭きまた少し溜息を吐き出した


「お疲れさまです、なまえさん」
「いや今日は本当に疲れた…、定時に上がれたのが奇跡でしたよ」
「お顔が全てを物語ってますね」


カウンターの中から腕を伸ばして目の下に出来た立派な隈を親指でそっと撫でると、きっと振り払われるだろうという予想は外れその疲れた目はしっかりと僕を見詰めている


「……安室さんの手暖かい」
「今おしぼり持ってたので」
「和風パスタ下さい」
「はい、かしこまりました」


これは本当に疲れているみたいだ、僕を見ていると思っていたなまえさんと全く目が合わなかったからきっと明後日の方向を見ていたんだろう、突然の注文に思わず笑ってしまった


「安室さんって顔が良いですよね」
「……はい?」
「うちの部署にも一般的にイケメンって言われる部類の顔の人居るんですけど、やっぱりなんか趣味じゃないって言うか、なんか受け付けないんですよね」
「はぁ、成程」


何も成程では無いが、なまえさんから異性の話が出てくるとは一体どういう風の吹き回しか、それ程に疲れているんだろうか


「最近寒くなってきましたし、なまえさんもしや」
「あ!いや!寂しいとか人肌恋しいとか!そんな事全然無いんですよ!?」
「ふふ、動揺が隠しきれていませんね」
「いや、あの、違うんです友だちに彼氏出来たから羨ましいとか全然そんなんじゃないんです」
「あぁ、そういう事ですか」


思った事をすぐ口に出すタイプの彼女の事だ、今言った内容は全部真実なんだろう

あーとかうーとか言っている彼女の前に梓さんお手製和風パスタを差し出すとパッと表情が変わった、本当に見てて飽きない人だ


「いただきまーす」
「なまえさん、味噌汁飲みますか?」
「っ、味噌汁?ポアロにそんなメニューありましたっけ」
「いえ、まかない用に作ったんですけど作り過ぎてしまって」
「はー、じゃあ頂きます!」


ハムサンド用の味噌の賞味期限が近付いていたからと作ったものの思いの外多くなってしまった味噌汁、無駄にならずに済んだし、来た時よりなまえさんの肩の力が抜けているようにも見えるし結果オーライか


「あー、美味しい」
「それは良かった」
「梓さんのパスタが美味しいのはいつもの事だけど、この味噌汁って安室さんが作ったんですか?」
「はい、こう見えて和食好きなので」
「へー、えー、美味しい」


パスタをペロリと平らげ残りの味噌汁を啜りながら美味しい美味しいと呟く彼女を見ていると、自分が作った物を誰かに食べてもらうのも良いなと、いやここで仕事をしている限りいつもの事なのだけれど、これは違う、きっとなまえさんだからこその感情なのかもしれない


「あーあ、家帰ってこんな美味しい味噌汁出来てたらもっと仕事頑張るのになぁ」
「これ以上頑張って体壊されると心配ですね」
「えー、この味噌汁毎日飲めるなら元気になるけど」


この人は自分が何を言っているのか分かっているのか?いやこの人の事だ、無意識に言っているに違いないし本当に無意識なのだとしたら困りものだな


「なまえさん、それってプロポーズですか?」
「へ?プロポー、ズ…?え!?いや!え!違っ、やだ!私何言ってんだろ!」
「僕は構いませんよ、毎日味噌汁作っても」


カウンターに頬杖をついてそう述べれば目の前の彼女の顔がみるみる赤くなっていく、いやぁ、本当に見てて飽きないな


気が早い!


(普通逆じゃありません?)
(じゃあなまえさんが毎日作ってくれますか?お味噌汁)
(だから、それプロポーズ…)
(さぁ、何の事でしょうか)


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