DC

□お茶とお菓子とそれから、
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「あれ、無い」


鞄の中を探せども探せども見付からない、無くても困らないけど失くしてはいけない、それがあると少しの優遇を受けられる


「生徒手帳落とした」


さてどこで落としたんだろう、この前蘭ちゃんたちと映画観る時割引してもらうのに出したな、そして普段使わない鞄の前ポケットに入れたな、で、その後は?どうしたっけ?

そうだ思い出した、あの日は帰る方向が違うからと映画館の前でみんなと別れた後に、あれだ、赤、違う沖矢さん、に偶然出会って家まで送って貰ったんだ、多分その時落とした

そして今なぜその生徒手帳を探しいるのかって言うと明日は持ち物検査があって生徒手帳を忘れた人は宿題のプリントが一枚が追加される、いやそれくらいって思うかもしれないけど何を隠そうこの私、勉強が大嫌いなのだ、絶対にやりたくない


「はー、どうすりゃええんじゃ」


どうしよう、と頭の中で何度も言いながら足はしっかり工藤邸に向かっているんだから人間の身体って不思議ですよね

ほんとどうすればいいんだよ、ここまで来たのは良いけど昴さんが家にいるとは限らないし落としたのが車の中じゃないかもしれないのにあぁもう面倒くさいな、て言うか昴さんがいちいちからかってくるから落としたんじゃないのかな、文句言ってやろ


「何かご用ですか?」
「ひっ!は!?え!?」
「こんにちは」
「こ、こん、にちは」


いざチャイムを押そうとスイッチに伸ばした手の上に音もなく重ねられたもう一つの手、あまりの驚きに声も出せずに首だけ振り返れば目の前には胸板、は?胸板?こんにちはと言う声が目の前の広い胸板から聞こえてきたような気がしたけどそんな訳無くて、少し冷静になって顔を上げてみれば後ろから包まれる所謂壁ドンのような状態、いや貴方こんな所ご近所さんに見られたらどうするんですか


「生徒手帳持ってます?」
「どうぞ上がってください」
「生徒手帳持ってますかね?」
「良い茶葉が手に入ったんですよ」
「生徒手帳」
「リビングで待っててください」
「生徒手帳!お邪魔します!」


チャイムを押したかった右手は昴さんの右手に包まれたまま、前へ前へ誘導される形で気が付けば昴さんが開けたドアの内側に押し込められていてあれよあれよとリビングまで連れてこられたが私としては玄関先で渡してもらえればそれで良かったのにこの人聞く耳持たねぇんだもんな!わざとだよな!知ってるぞ!あとあんた紅茶飲まないだろ!!


「たまには紅茶くらい飲んでも良いだろう」
「心の声丸聞こえかよ」
「どうせこの後家に帰るだけなら少しくらいゆっくりしていけ」
「そんな暇人みたいに言わないでくれます?て言うかいつの間に戻ってたんですか赤井さん」


普通の顔して戻って来たのは昴さんじゃなくて赤井さん、まぁ家の中だしずっと変装してるの大変そうだけど、良いのかそれで、私に色々知られた所で痛くも痒くも無いんだろうけど

カチャリと音を立ててテーブルに置かれたのはティーセットと焼き菓子、なんか赤井さんと焼き菓子って似合わねぇな


「今失礼な事考えていただろう」
「読心術はやめてください」
「コイツがどうなってもいいと」
「生徒手帳!やっぱり赤井さんが持ってた!明日持ち物検査あるんで返してください!」
「まぁそう焦るな、これでも飲んで少し落ち着け」


すっと差し出された恐らく有希子さんの趣味だろうと思われる可愛らしいデザインのティーカップからはいい香りが立ち込めて来て、折角赤井さんが直々に淹れてくれたんだし、しょうがないから頂いてやろう


「……美味しい」
「それは良かった」
「生徒手帳」
「まぁこれでも食え」
「えーんこのFBI話聞かないー!」


これだけ広いリビングでわざわざ隣に座るのは何の嫌がらせなのか、長い脚を組んで紅茶を飲むのを、出されたフィナンシェを食べながら横目で見ると流石、視線に気付いたのかカチリと目線が合った


「随分わんぱくなお姫様だな」
「ん?むっ、なに」
「ごちそうさま」
「…………は」


恐らく口の端にフィナンシェのクズが付いていたんだろう、それをどうしたと思う、指で摘んだそれを自らの口に入れたのだ

ぺろりと指先を舐める仕草に目が釘付けになって、少し細められた深緑の瞳が私を見ている事には気付いているのに、あと少し目線を上げれば、目が合ってしまうのに


「あ、赤井、さん」
「なまえ」
「っ、」


名前を呼ばれ心臓が跳ねた、普段はお前とかおい、とか、適当に呼ぶ癖に、すっと差し出された赤井さんの大きな手に頬を包まれて反射的に目を閉じれば、赤井さんが動いた衣擦れの音が嫌でも耳についた

近付いてくる端正な顔から逃れるように後退りしようにも背後にはソファーの肘掛け、それ以上は逃げられないと分かると途端に心臓が忙しなく動き始める、待って、待ってよ、私まだ心の準備が……!


「いったぁ!」
「10年早い」
「う、うるへー!はなへ!」
「良く伸びるな、どこまで伸びるか挑戦してみるか」
「っもう!赤井さんのバカ!」


縦横無尽に私の頬を引っ張って遊ぶ手を振り払うと摘まれていた所がヒリヒリと痛んだが今はそれ所ではない


「何をされると思った?」
「も、もういい、帰る!ご馳走様でした!」
「気を付けて帰れよ」


逃げるように工藤邸を飛び出してきたのは良いものの一つ忘れている事に暫く走ってから気が付いた


「……生徒手帳」


仕方なく来た道を戻り再び、今度はチャイムを押さずに家の中に入った、鍵開けてるなんて不用心過ぎるんじゃないですかね、と玄関先で腕を組んで少し楽しそうな顔をした意地悪なFBIに言ってやった


お茶とお菓子とそれから、


(……早く出して下さい、生徒手帳)
(顔が真っ赤だぞ、熱でも計ってやろうか)
(赤井さんなんか嫌いだ!)
(ホー、相思相愛だと思っていたんだが残念だな)
(な、は、はぁ!?)


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