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□無糖のキス
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何が悲しくて私は休日を返上して同級生の実家でお茶を啜っているのか


「遠慮せずもっと食え」
「…………」
「そんなに見詰められたら顔に穴が開きそうだな」
「見詰めたんじゃなくて睨んでるんです」


結局生徒手帳は無事に返ってきたものの、それと引き換えに違う物を奪われたのはいつの事だったか

貰い物のお菓子を一人では食べ切れないと携帯にメッセージが入っていたから仕方なく再び工藤邸に足を運んだけどもう二度とここには来ないと己の胸に誓ったのに、別に有名なお菓子屋さんのお菓子が食べたかったからとか、全然そんなんじゃなくて


「まぁそう睨むな、マドレーヌに罪は無いだろう」
「……そうですけど、そもそも私は沖矢さんから呼ばれたのに赤井さんが居るの可笑しい」
「なんでも急用が出来たんだと、俺じゃ不満か?」
「不満不満、ちょー不満」


生徒手帳を取り返しに再び工藤邸に戻ったあの時、玄関で待ち構えていた赤井さんから奪われたのは私のファーストキス、生徒手帳と引き換えるにはお釣りが来る程の大物だと言うのに何でこの人は平然として居られるのか、ちくしょうこれが大人の余裕ってやつか


「今日はまた随分可愛らしい格好をしているんだな」
「別に、いつも通りです」
「それもそうか、お前はいつでも可愛い」
「っ、な、は!?いきなりなんですか!?」


危うく口に含んだ紅茶が器官に入り込む所だった、この人今なんて言った?と言うか赤井さんの口から私を褒めるような言葉が出てくるなんて脳みそがどうにかなったのでは?

テーブルを挟んで向かいで珈琲を飲んでいた彼が立ち上がり、今度は私の隣に腰を下ろした、赤井さんが口角を上げて近付いて来る時は大体ろくな事が起こらない


「折角可愛い顔してるんだ、もう少しニコニコしたらどうだ」
「赤井さんにニコニコしたって私にメリット無いし」
「ホー……、なら他にどんな顔を見せてくれる?」


不意に伸びてきた赤井さんの大きな手が私の頬にかかる髪を耳にかけ、その指が顎に、深緑の目は一直線に私を捉えた、空いた左手は逃がさまいとしっかりと腰を抱いていて


「ね、ねぇ、ちょっと、近い」
「どうした、顔が真っ赤だぞ」
「……赤井さんのせいでしょ」
「はて、なんの事かな」


赤井さんは狡い、普段は私の事お子さま扱いする癖に、いつもはちょっと馬鹿にしたような顔で笑う癖に、どうしてこういう時ばっかり、そんな優しい顔で私を見るの


「なまえ」
「っ、な、なん、ですか」
「この前お前の許可なくキスをした事は悪いと思っている」
「なんで今その話」
「だから今日はなまえから承諾を得てからにしようかと思ってな」
「……それはつまり」
「嫌なら今すぐ俺を突き飛ばして出ていってくれて構わない」


急に名前呼ぶなんて、卑怯じゃないか

目を逸らそうにも顔と腰をしっかり固定されているから身動きは取れない、せめてもの抵抗として目線だけは逸らしてみたけど、だめだ、赤井さんがどんな顔してるのか、見たい、見たいけど目を合わせたらまた


「…………」
「無言は肯定の意ととっていいんだな」
「…………好きにして」
「ふっ、前言撤回は許さんぞ」


顎を引かれ反射的に上げた私の目を、熱を孕んだ深緑の目が射抜いていて、直後合わされた唇は思っていたより冷たかった


無糖のキス


(……なんか複雑な気持ち)
(それはどういう)
(いや、同級生の家で、き、キス、とか)
(どうせならベッドの上が良かったか?)
(大人って最低だ!)


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