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□愛ゆえにです
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「はー、物騒過ぎるだろ」


“女子生徒が暴行を受ける事件が多発しております”となかなかパンチの効いたお手紙が全校生徒に配られた

治安の悪い噂が立つような学校では無いのにまさかこんな事件が起きるとは、なんでも某動画配信サイトにて街で暴れる男子学生の動画が流行ってしまってそれを見た一部の生徒が真似しだしたんだとか、いやいや、そんなもんより人生の為になる動画もっといっぱいあるでしょうに、そういうの見ようよ

そんなお手紙が私のような一般モブ生徒の所まで回ってくるんだから明日は我が身なのか


「なまえさん」
「うお、安室さん、こんにちは」
「こんにちは、なんだか上の空みたいですけど、歩きながらの考え事は危ないですよ」
「あー、まぁ、そうですね、うん」


毎日通る帰り道だからと流石に油断し過ぎた、気が付けばポアロの前まで来ていて店先を掃除していた安室さんと物理的にこんにちはする所だった


「何かありました?」
「んー、私には何も無いんですけどまぁちょっとなんかありました」
「もしかして例の暴行事件の事では」
「え、安室さんも知ってたんですか?」
「その手の依頼が増えてるので」
「あぁ、探偵のほう」


そんな所まで話が行っているとは、まぁ安室さんの近くにはコナンくんが居るし、つまりはまたその近くに蘭ちゃんたちも居るわけか、小五郎のおじさんも気が気じゃないだろうな

ほうほう、とまた考え込んでいると突然安室さんがあ、と声を上げた


「なまえさんにこれを差し上げます」
「……なんですか?これ」
「防犯ブザーです、何も無ければ一番良いですけど、もしもの時の為に持っててください」
「いやでも、私なんかより蘭ちゃんとかに渡したほうが」
「いいから、持っててください」


すっと伸びてきた褐色の手が私の手を掴んだ

あまりに突然で、しかも安室さんの手はとても暖かくて、驚きのあまり声も出せず気が付けば両手の中に防犯ブザーを握らされてしまった


「なまえさんの手冷たいですね」
「っ、そ、外歩いてたんで!」
「僕があっためてあげますね」
「めっちゃモミモミされてる!」
「何かあったら大きな声で助けを求めてくださいね」
「分かりました大丈夫ですからモミモミやめてください!」


私の手を掴んだまま真剣な顔で気を付けて、と念を押してくるのに少しだけ違和感を感じたが不覚にもドキドキしてしまったから力ずくで振り払い全力疾走で自宅に向かった


* * *

「…………」
「おい聞いてんのかよ」
「聞いてます聞いてます、よく聞こえてますからすいませんがちょっと通してください」
「だーから、ここ通りたいんだったら金寄越せって言ってんの」


神さま仏さま、何故私がこんな状況に陥らなければならぬのか、こんなにあなたを恨んだ事はありません

今私の行く手を阻むのはうちの学校の生徒ではないものの見た目からして明らかにやんちゃそうな男子生徒で、先日あの注意喚起のお手紙を貰っていたから寄り道せずに帰ろうと帰路を急いでいた所反対側からやってきた男子生徒につい、つい目を向けてしまったのが悪かった、バチりと目が合うとニヤリと口角を上げながら真っ直ぐ私に向かってきたのだ、と言うかあんた学校反対方向だろなんで向こうから歩いてきてたんだよ


「いやお金持ってないんで」
「えー?何?聞こえなーい」
「あの、すいません、ほんと、録画したやつ見たいんで、すいません」
「なにブツブツ言ってるか分かんねぇけど、別に金じゃなくてもいいぜ」
「えっ、お、お菓子なら持って、ひっ!」


ジリ、と近付いてきたかと思えば右手首を思い切り掴まれた、待って痛いやめて

高校生と言えどやっぱり男女では力の差は歴然で半ば引き摺られるように向かわされているのは路地裏、いくら馬鹿な私でもこれからこの人が何をしようとしてるのかなんて分かりきってて、分かってるからこそ頭が真っ白で、嫌だな私こんな所で初めてを散らすなんて、せめて好きな人とが良かった、なんて考えてる内に路地の奥まで到達していていよいよこれは本当にやばい、どうしよう、涙は勝手に流れてくるし

ふと昨日の帰りに安室さんから貰った防犯ブザーを思い出した


「は、離して!」
「あのさぁ、こんなとこでブザーなんか鳴らしても誰も気付かねぇから、諦めな」
「あっ!」


死に物狂いで制服のポケットから引っ張り出した防犯ブザーは無様に地面へと落下した、終わった、お母さん今までありがとう


「お前可愛いから大人しくしててくれたら痛くしねぇからさ、声出すなよ」
「えっ、や、やだ、やだやだ」
「人の話聞いてた?別に痛いのが良いなら好きなだけ抵抗すれば」


必死の抵抗も虚しく私の両手は彼の片手であっさりと拘束されあれよあれよと制服のボタンは外されていき嫌悪感に目を閉じればじわりと涙が頬に流れるのが分かった、嫌だよ、誰か助けて、安室さん、安室さん…!


「っ、や、た、助けて、安室さん!」


ガツン、という大きな物音の後腕の圧迫が解かれ目を開けると男子生徒は地面に転がっていた、と言うか安室さんの足の下に居た

安室さんの足の下?


「……あむ」
「なまえさん!無事で良かった」
「いや、え、安室さ」
「警察を呼んだのでもう安心してください」
「あ、はい、いや、え?あむ」
「っなまえさん!」
「ひえっ、は、はい!?」


この人今どこから出てきた?上から降ってこなかった?上からってどこから?ビルの壁の中?いやまさかそんな訳


「赤くなってますね、痛みますか?」
「は、え、いや、安室さん?」


目の前で起こった事に脳みそは置いてけぼり状態、少し焦ったような表情で私の腕を掴む安室さんが何か言っているけど一体どこから降ってきたのかという事のほうが気になって仕方がないし足の下にいる男子生徒は大丈夫なのか


「安室さん、ちょ、ちょっと、なんで」
「なんでここにいるのか、ですよね」
「……はい」
「とりあえず車に乗ってください、そちらで話します」
「…………」
「どうしました?」


どうしたもこうしたもあるかというのだ


「足の下」
「あぁ」
「うわぁ塩対応」


後処理があるからと車で待たされている十数分、安室さんがどこから降ってきたのかとか、なんで私の居る場所が分かったのかとか色々考えたけど見当もつかず、防犯ブザーを渡されたのは私がこうなる事を分かってたからなのかそれともたまたまだったのかて言うか安室さんって一体何者なの?ただの探偵じゃないよねあの人ちょっと怖いんだけど


「お待たせしました、さぁ帰りましょう」
「いや安室さんさっきの、ちゃんと説明して下さい」
「シートベルト締めてくださいね」
「聞いてます?」
「そうだ、なまえさん疲れたでしょう、ポアロでお茶でもしませんか」
「安室さん!」


話す気が無いのかはぐらかすばかりでとうとうこれは本格的に怪しくなってきぞ

結局質問には一つも答えてもらえないまま車は動き出した

安室さんは探偵だし何か抱えている事も多いはずだしクソガキに話せる事なんて殆ど無いんだろうとは思うけど一応私だって被害者なのに、せめてどうして私の居場所が分かったのかくらい教えてくれてもいいじゃない


「……すいません」
「なんで謝るんですか、謝るって事は悪い事してたんですか」
「あの防犯ブザー、盗聴器とGPSが内蔵されてるんですよ」
「なんだ、それならそうと早、く、…え?盗聴器とGPS!?」


信号待ち、ちらりとこちらを見ながらトンデモ発言をさらっと吐き捨て青信号で車は再び発進した

思わず大きな声を出してしまったが安室さんは前を見つつも苦笑い、まさか私がこうなる事知ってたとか?


「じ、GPSって、盗聴器ってどういう事ですか、て言うか、なんで、どうして」
「……分かりました、詳しい話は僕の家でしましょうか」
「…………安室さんの、家」


再び信号で止まると安室さんの口からさらっと飛び出した言葉に一瞬心臓が止まったような気がした

いやいやいやいや、だから、この人は私をどうしたいのだろうか、もしこのまま安室さんの家に行ってしまったら…?


「はい、着きましたよ」
「へっ!?は、えっ、え?」
「なまえさんのご自宅です」
「…………ご、ご自、宅」


運転席を出て助手席側に周りドアを開けにっこりと微笑む安室さん、いや、ご自宅、私の、いや、さっきのドキドキ返せよ


「安室さんの嘘つき」
「そんなに僕の家に来たいのでしたらまた日を改めて、おもてなしの準備しておきますから」
「あーすぐそうやってはぐらかすんだ大人ってー!」
「言い訳しますと僕がなまえさんの事好きなんでつい、心配で」
「あぁ、心配して下さってたんですか、それはどうもありがとうござ、ん!?安室さん今なんて!?」
「それでは、またポアロでお待ちしてます」


静止の声はあの白い車のエンジン音に掻き消され安室さんは颯爽と去って行った

その場に残されたのは今世紀最強に顔を熱くして行き場のない手を宙に彷徨わせている私だけだった


愛ゆえにです


(大人って狡い)
(覚悟が出来ているのならご招待しますよ)
(………安室さん家に?)
(僕がお邪魔したほうが良かったですか?なまえさんのお家に)
(大人って狡い!!)


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