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□恋の予感
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部活も無い、誰とも約束の無い、よく晴れた日曜日


たまには家でのんびりするのも良いかなと思ったけど、なんとなく、今日は何かある気がすると思って特に目的もなく、行く当てもなく街に出た


桜も咲き終わり新しい葉がつき始めた並木道を公園に向かって歩いていると見慣れた後ろ姿を見付けた


いつも教室の後ろから眺めてた、小さい背中
声を掛けようか迷っているとふいに目の前の彼女が振り返り、目が合った


心臓が、ドキリと跳ねた



「あれ、幸村くんだ、今日部活はお休み?」
「みょうじ、さん、うん、折角天気も良いし、なんとなく」
「そっか、ふふ、偶然だね」
「みょうじさんは、買い物かな?」
「そろそろあったかくなってきたから、新しい服でも買おうかと思って」
「なるほど、ねぇ、その買い物俺も一緒に行っても良いかな」
「…へ、え?あ、うん!大丈夫!」
「あぁ安心して、深い意味は無いから」



なんだその言い訳は、もう少し言葉を選べば良かった


そんな事は気にもせずニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべる彼女には申し訳ないが、まぁそれなりに下心はあるもので


運良く休日に出会えるなんてこれはチャンスとしか言いようがない


本当はその小さな手を取って手を繋いで歩きたい
でもただのクラスメイトでしかない俺にそんな事されたらきっと困るだろうな



「幸村くん、最近教室の後ろにお花生けてくれてるでしょ」
「あぁ、あれね、うちの花壇の花なんだけど沢山咲いたから」
「本当にガーデニング好きなんだ」
「本当にってどういう事?」
「中庭の花壇、時々水やりしてるの美化委員だからかなって思ってたんだけど、校庭の隅の花壇にもしてたから」
「実はあれね、花壇じゃなかったんだ」
「え?そうなの?」
「殺風景だったから、俺が先生に頼み込んで花を植えたんだ」
「そうだったんだ、何を植えたの?」
「ふふ、まだ内緒、花が咲いたら教えてあげるよ」



側から見たらきっとカップルがデートしてるように見えてるのかな


柔らかな陽射しの中をこうして好きな人と他愛のない会話をしながら一緒に歩けるなんて、まあ完全に俺の片思いなんだけど


あの頃の自分じゃこんな事出来るとは思ってもみなかったんだろうな


そういえばみょうじさんの私服って見た事なかったな
イメージ通りと言うか、みょうじさんらしいシンプルで可愛らしい、うん、すごく似合ってる
あ、ちょっと化粧してるのかな、いやしてもしなくても可愛い事には変わりないんだけど
前から思ってたけどくちびる小さいんだな
こうして喋ってみると分かるけどみょうじさん他の子より少し声が低い、女の子はみんな声が高いのかと思ってた
あ、ほくろ



「あの、幸村くん、?」
「へ!?あぁ、ごめん俺ぼーっとしてたかな」
「そうみたい、ごめんね?あっち見ても良いかな」
「っ、うん、みょうじさんの行きたい所で良いよ、俺は勝手に着いて行くから」
「幸村くん暑い?顔、ちょっと赤いけど」
「…大丈夫、行こうか」



そらゃ赤くもなるさ、好きな子に上目遣いで袖引かれたら


ごめんねみょうじさん、君の鎖骨にほくろ見付けたよなんて口が裂けても言えないよ


店内を周りながら時々俺を確認するようにこっちを見る彼女に小さく手を振れば、少し恥ずかしそうに手を振り返してくれる


なんだか本当に付き合ってると錯覚してしまいそうだ



***

「ありがとう幸村くん、買い物付き合って貰って」
「俺のほうこそ、デートしてくれてありがとう」
「で、デートって、そう言われると恥ずかしいな…」
「…みょうじさん、俺さ、今日の事、本当にデートだって思いたい」
「幸村くん…?」



日が落ち始めた夕方の公園は誰も居らずシチュエーション的にはバッチリで


この思いはいつか伝えられたらと思っていたけど、今日一日二人で歩いてみて、またこうして自分の隣を歩いていて欲しいと感じた


夕陽に照らされてキラキラと光る瞳で俺の事を真っ直ぐ見つめる彼女を、今すぐ腕の中に収めてしまいたい


「みょうじさんの事が好き、だから、また俺とデートして欲しい」



みょうじさんの大きな目は俺を捉えたまま何度かパチパチと瞬きをした後、あの小さな唇が動き出した


「あのね、私も、また幸村くんとデートしたい、校庭の花壇に咲く花、一緒に見たい」
「みょうじさん、それって」
「私も、幸村くんの事が好き」



ふわりと微笑んだ彼女を抱きしめるために、俺は一歩踏み出した


(校庭の花壇に植えたのはポピー、花言葉は)

恋の予感

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