tennis

□忘れたなんて言わせない
1ページ/1ページ



「おおきくなったら、なまえちゃんを僕のおよめさんにしてあげる」
「ほんと?なまえとけっこんしてくれるの?」
「うん!なまえちゃんのことだいすきだから!」
「やくそくだよ、ぜったい、精市くんのおよめさんにしてね」


「って約束したよね」
「いつの話してんだよ」


* * *

幸村精市とは所謂幼馴染というやつで、家は徒歩2分、お互いの母親が同級生、家族ぐるみの付き合いでよく一緒に旅行に行ったりもするほど仲が良く、この男は暇さえあれば我が家に入り浸っている


「あの頃のなまえは可愛かったのに」
「今でも充分可愛いだろふざけんな」
「俺の知ってるなまえちゃんはそんな汚い言葉使わない…」
「もうその可愛いなまえちゃんは居ないから早く家帰れ」
「すぐそこなんだから良いじゃないか」
「すぐそこならますます帰れよ!」


今朝起きるとリビングのテーブルに“旅行に行ってきます、お土産買ってくるから精市くんと仲良くね”なんぞと不幸の手紙もとい、置き手紙がしてあった

折角久々に1人でのんびり出来ると思ってたのに案の定、この幸村精市という男は我が物顔で寛いでいる

別に家に来るのは良い、勝手にテレビを観ようが冷蔵庫のジュースを飲もうが構わないけど、年頃の女の子の部屋に無許可で入るとはどういう了見だ


「あ、ほらこれだよなまえ」
「何探してるかと思ったらそれか…」
「まだ持ってるよね、これ」


いつものようにズカズカと私の部屋に上がり込んでいきなり家族写真のアルバムを取り出し、そんな昔の話を持ち出したコイツはなぜアルバムの場所を知っているのか


「もう失くしちゃったよ、そんな小さいときのやつなんて」
「え、酷いな俺の生まれて初めてのプレゼントだったのに」
「そう言われてもなぁ、何年前の話だよ」


小学校一年生の時、私の誕生日にくれたプレゼント
プレゼントなんて家族以外から貰うのは初めてで、嬉しくて毎日飽きもせず眺めていたのを今でも覚えてる

そのプレゼントと一緒に“精市くんのお嫁さんになる”と約束したけど、正直今日まで忘れていた、と言うより思い出さないようにしていた

かの有名な立海大付属テニス部の部長であるこの男はまぁモテる、驚くほどモテるのに彼女がいた事は無い、らしい、まぁ塵ほども興味は無いんだけれど

幼馴染でなければきっと一生関わる事はなかっただろうに運命の悪戯か、こうして人様の部屋のソファでゴロゴロと寛いでいる男にプロポーズされてたなんて知れたら多分私は学校に居られないんだろうな


「本当に無いの?俺の愛の詰まったプレゼント」
「だから失くしたんだって」
「…嘘は良くないな」
「は?えっ、待って何こっち来ないでよ」
「前から気になってたんだけどそのネックレス、ちょっと見せて」
「ちょっと待って、ストップ、ストップ!えっ、やっ、!」


アルバムを見ていた手を止めて立ち上がるや否や精市くんはベッドに座る私を押し倒した

突然の事に若干パニックだけどシャツのボタンが外されそうになっている事は理解した
したけど、今のは服脱がす流れだっただろうか

こんなそこら辺の女子より綺麗な顔してるけどやっぱり男の子な訳で、肩を押してもびくともしないし、3つ目のボタンに手がかけられてもうこれは観念するしかない、悔しい


「やっぱり、ちゃんと持ってるじゃないか」
「…うるせぇこのスケベ」
「ははっ、なまえ顔真っ赤だよ、可愛い」
「っ、ばか!心にもない事言うな、早くどいて!」
「思ってるよ、可愛いって、ずっとずっと前から」


3つ目のボタンが開けられた私の胸元には、精市くんが初めてくれた、小さな緑色の石がついたおもちゃの指輪

本当は失くしてなんていなくて、精市くんがテニスを始めてからはあんまり遊ばなくなって、中学生になる頃にはきっとあんな約束、忘れてるんだろうなって、だから私だけでも覚えていようと、ネックレスにしていつも身に付けていた


「なんで失くしたなんて言うのさ」
「…だって、精市くん私の事なんて、もう女の子として見てないでしょ」
「昔も今も、俺が好きなのはなまえだけだよ」
「またそういう冗談」
「本当だよ、だからあの約束、果たして欲しい、俺のお嫁さんになって、なまえ」
「っ、つ、付き合ってもいないのに、結婚とか、気が早いだろばか」


精市くんは酷く優しく、愛おしげに私を見つめていて、この人の幼馴染で良かったなんてぼんやり考えていたけど未だ押し倒されたままな事を思い出した


「分かったからとりあえずそこどいてくれませんか」
「ごめんキスしたい」
「は!?やっ、ぅん」
「っん、なまえ可愛い、そんな顔されたらキスだけじゃ止められないけど良い?」
「い、良いわけあるか!え、待ってボタン外すなよ!精市くん!」
「ごめん無理だった、好きだよ、なまえ」


忘れたなんて言わせない

.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ