tennis
□笑ってたほうが可愛いよ
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あれから一週間が経ったがみょうじがコートに来る事は無く、学校でも全く見掛けなくなった
勿論原因は自分、突き放したのだから当然じゃろうな、とドリンクを飲みながらぼんやり考えているとコートの外にアイツを見付け不覚にもギクリと心臓が跳ねた
あからさまに落ち込んで歩く後ろ姿には、いつものあの元気さは欠片も見受けられない
そうさせたのは自分、悪い事をしたとは思っていない、あれは彼女の為にやった事
なのに、胸にこみ上げるこのモヤモヤとした気持ちはなんだと言うのだ
「仁王、この後みんなでメシ行くぜぃ」
「……いや、今日はパス」
「えー!仁王先輩行かないんすか!」
「悪い、ちょっと用事、じゃあの」
手早く着替えを済ませ赤也の文句を背中で聞きながら足早に部室を出た
* * *
「何やっとんじゃろ、俺」
今更追いかけても間に合うかなんて分からない、みょうじがどっちに行ったかも分からないのに、なんとなくいつもと逆の方向に足を向けた
「追いかけて何を言うつもりなんじゃろうな雅治くんは、ん?」
車通りの少ない道を下を向いてゆっくりと歩くみょうじ
おいおい、信号見とらんのかあいつは、赤信号に突っ込むつもりか、車来とるじゃろうが
考えるのと同時に身体は勝手に動いていて、今まさに車とぶつかりそうなバカな後輩の背中に腕を伸ばした
「なまえ!死ぬ気か!」
「わっ、何何!?」
「なんっ、で、お前さんはいっつも…」
「仁王先輩!?なんで、ちょっと、離してください!」
「良い加減にしんしゃい!!」
柄にもなく怒鳴り声を上げてしまったが今は周りの目を気にしてる場合じゃない
ビクリと身体を強張らせ今にも逃げ出しそうなみょうじを、震える手を悟られないように強く抱きしめた
「なんなんじゃ、お前さんは」
「は、離して、離してください!」
「離さん、お前さんの、みょうじの涙が止まるまでは、絶対離さん」
「っ、泣いてなんか」
「泣かせたのは、俺じゃ、すまん」
「違う、私が勝手に」
「こんな事言える立場じゃないのは分かっとる、けど、暗い顔してふらふら歩くお前さんが心配でたまらん、頼むから、俺の目の届かん所に行かんでくれ」
抱きしめる力を強くすると腕の中のみょうじは俺の背中にしがみつき嗚咽交じりにボロボロと大粒の涙を流し始めた
本当は泣かせたくなんかなかった、泣き顔なんて見たくない、あのいつもの、真夏の太陽のような笑顔が恋しい、どうしたら涙は引っ込むのか
「のう、お前さんに良い事を教えてやろう」
「っなん、ですか」
「みょうじはもう一人じゃなか、俺が居るきに、じゃからもう泣くな、俺は笑っとるみょうじが好きぜよ」
「……仁王先輩、私の事、好きなの?」
「二度は言わん、分かったらいつまでも地べたに座っとらんで立ちんしゃい」
いつの間にかみょうじの涙は止まっていて、ポカンという効果音が聞こえてきそうな顔で俺を見つめている
間抜けな顔のままの彼女を立ち上がらせて制服に付いた砂埃を払ってやると今度はハッと何かを思い出したように一歩後ずさった
「仁王先輩さっき私の名前叫びましたよね」
「何の事じゃ、分からん」
「嘘だ!絶対なまえって言った!ね、もう一回名前呼んでください」
「あんまり煩いとその口塞いじゃるけんの」
「良いですよ、先輩とならチューしても」
「誰が口で塞ぐなんて言ったんかの」
助けなきゃ良かったかの、相変わらず都合の良い頭しとる
たった一人の少女に、この俺が振り回されるなんて誰が思っただろうか
そんな可愛いバカな後輩にいつサプライズのキスを仕掛けてやろうかと、緩む頬を見られないように歩き出した
笑ってたほうが可愛いよ
(そういえば先輩帰り道逆じゃありません?)
(俺の脳みそにはバカ感知器が付いとるんじゃ)
(え?どういう事ですか?バカって誰?)
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