tennis

□許してくれとは言わないから
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「ねぇ今度の日曜」
「あぁ、登山の予定だ」
「……あっそう!分かった!」
「なっ、どうしたなまえ」
「どうしたもこうしたもあるか!もう山とでも付き合ってて下さい!弁当箱は下駄箱に入れておいてね!!」


お昼休みに私が作った弁当を食べながら喧嘩するとかなかなか自分でも器用だなって思った

喧嘩と言っても私が一方的に怒ってるみたいに見えるけど

楽しみにしてたのにな、トリートメントして髪の毛ピカピカにしたし、新しいイヤリングだって買った、パンプスも洗ったのに、楽しみなの私だけだったのかな


* * *

「なまえちゃん機嫌直して〜手塚に悪気は無かったんだよ」
「知らない!久々の休みだったのに」
「手塚最近よく登山の雑誌読んでたからもしやとは思ったけど…」


そりゃ青学テニス部ですから、忙しいのは重々承知ですよ

だけど今度の休みは一緒に出掛けようって部活終わりにみんなの前で前々から約束してたのに

あの男ときたら付き合って一年過ぎたのに何度かキスしたくらいでそれ以上は手を出してこない
いや手塚くんがそういう人だって事は分かってる、慎重に確実にっていう人なんだよね

分かってるけど、ここまでほったらかしにされたら私本当にあいつの彼女なのかと不安になってくるってもんですよ


「手塚くんってば私より山の方が好きなんだ」
「そんな事無いと思うけどなぁ」
「じゃあさタカさん聞くけど、もし仮にタカさんが私の彼氏だったら寿司と私どっちが好き?」
「え?うーん、それは好きの意味が違うから選べない、かな」
「…そっかなるほどね、山の方が優先順位上なんだ」


今タカさん確実に“しまった”みたいな顔したけど私は見逃さなかったぞ

不二くんなんて至極楽しそうにニコニコと私の話を聞いているが私真剣に悩んでるんですけど
お前ほんと性格悪いな


「じゃあさ、日曜俺とデートしようよ!」
「……菊丸と、私が?なんで?」
「だーってなまえちゃん予定空けてたんでしょ?勿体無いじゃん」
「まぁ勿体無いけどそれでなんでデートする流れになるのよ」
「俺がなまえちゃんの事好きだから、って言ったらどうする?」
「…………………は?」


おい不二くんあんた笑い過ぎだぞ

桃と海堂ごめんね話に追い付けてないみたいだねそりゃそうだよね手塚くんと私が付き合ってるの今知ったよね言ってなかったもんね

ドアの前で大石副部長が真っ白い顔になってるのは流石に面白すぎるんだけどきっとこれは菊丸お得意の冗談だよーんってやつ、だと思う


「っじょ、冗談、でしょ」
「んーにゃ、本気、中学の頃からずっと好きだったけど、手塚には勝てなかったにゃ〜」
「う、ううう嘘だ!だってそんな事一度も言わなかった!」
「本当に英二はずっとなまえの事好きだったよ」
「…不二くんが言うなら事実、なんだね」


なんだそれ初耳だぞ、当たり前だけど

菊丸は優しいし面白いし良いヤツなのは分かる、マネージャーの私にも気を使って声かけてきたりするくらいだし


「待ってごめん頭が追いつかない」


未だドアの前で固まってる副部長並に頭の中が真っ白

テーブルに落としたままだった目線を、戻せない、きっと今菊丸は真剣な目で私を見てる、痛い程視線が突き刺さる


「チーッス、すいません遅く、なり、ました、ミーティング始まってました…?」
「いやまだだよ、えーと、うん、とりあえず座ってて…」
「タカさん顔青いけど大丈夫っスか?」


この微妙な空気を作っているのは他でもない自分なのに、どうしようもなく逃げ出したい

どうしよう何か言わなきゃ、でも、なんて言ったらいいのかな、早くこの話を終わらせないと、手塚くんが来る前に


「すまない遅くなった、全員集まっているか」


ガチャリと鳴ったドアノブの音に心臓が跳ねたと同時に今一番会いたくないのに、無性に会いたいと思った人の姿

反射で顔を上げたらパチリと目が合って、すぐに逸らされた、そりゃそうだよね私が怒ってるって思ってるんだもんね、いや彼の事だ、思ってないかもしれない


「手塚、ミーティングの前にもう1つ解決しなきゃいけない話が出てるんだけど」
「え、不二先輩この流れでそれ言います!?」
「桃センパイ、なんの話?」
「越前、後で話すからちょっと出ようか…」


あーあ、なんだかタカさんには悪い事しちゃったな、ごめんね

二人の後に続いて桃と、大石副部長を抱えた海堂が出て行くのを横目で見送る事しか出来ないのが申し訳ないけど、このままじゃミーティングが始められない、何か、私から何か言わなきゃいけないのに


「手塚、今度の日曜、なまえちゃん借りるから」
「え、菊丸、ちょっと」
「なまえちゃん予定空いちゃったみたいだし、手塚は忙しいみたいだし、別にデートするくらい平気でしょ?」


菊丸が怒ってる所初めて見た

どの部よりチームワークが抜群で、部員の仲の良さに定評のある我がテニス部は本当にみんな仲間思いだし、小さな言い合いはあるものの大きな喧嘩はした事なかったし本気で怒る所なんて数えるほどしか見た事なかった


「いや、すまないがそれは許可出来ない」


どの口が言ってんだか
なんて今は心の中に吐き出したけど、約束すっぽかしたのは手塚くんでしょ

でも思い返せば告白したのもデートの約束するのも喧嘩するのも、好きって言うのも、全部私からだった

本当は手塚くん私の事好きじゃなくて、仕方なく一緒に居てくれてるだけなのかな

ならどうして私が菊丸と出掛けるのを拒否するの、好きじゃないなら、もういいよ


「なまえ、なぜそう思うんだ」
「あ、えっ、声に出てた…?」
「なまえちゃん、手塚は君の事嫌いになんてなってないよ」
「っでも、ならなんで、約束」
「…すまん、勘違い、だと言ったら怒るか」
「…………………は?」


なんかさっきも同じくらい間を開けて同じ反応した気がするけど、手塚くん一体何を言っているのかしら、勘違い?手塚くんが?

いやでもまさかこの状況で冗談言うような人ではないからきっと本気で言ってるんだろうけどさすがに天然にも程があるでしょ手塚くん!


「何それ、何それ!ちょっと待ってよ、じゃあなんで菊丸わざわざあんな事言ったの!」
「だって手塚ってば珍しくなまえちゃんの事相談してくるから面白かったんだもーん!」
「だ、だもんって、あのねぇ!私、本気で手塚くんに飽きられちゃったのかと、思ったのに、何それ…」
「でもでも!不二だって共犯だよ!」
「あ、こら英二バラしちゃだめだって言ったのに」


やっぱりな!
不二くんずうっと黙ってニコニコというかニヤニヤしてたから何か企んでるなとは思ったけど

なんだか凄くグダグダになったしタカさんにも後輩たちにも気を使わせてしまったし、怒り損だし、手塚くんにもとっても申し訳ない事しちゃったし、それこそ本気で飽きられてしまったかもしれない


「すまない、お詫びになるとは思えないが水族館に、行かないか」
「……手塚くん、それ」
「あぁ、前に行きたいと言っていただろう、今度の日曜は俺と、水族館に行かないか」
「っ、行く、水族館!」
「なまえ、な、泣く事ないだろ」
「だって、だって覚えてくれてると思わなくて、嬉しいんだもん」


泣き出す私にオロオロと行き場のない手を上下させる手塚くんから、初めてのデートのお誘い

こんなの嬉しくない訳がなくて、ニヤニヤする不二くんを横目に勢いよく手塚くんの胸に飛び込んだ瞬間部室のドアが盛大に開いて外にいたタカさんたちがなだれ込んできたけど、そっと頭を撫でてくれる大きな手の感触を噛み締めるように目を閉じた


許してくれとは言わないから、
(せめて好きって言わせてくれないか)


(なんかミーティングどころじゃなくなっちゃったね、ごめん)
(安心しろ、全員グランド100周だ)
(にゃんでそーなるの!)
(全然話が見えないんスけど)
(ふふ、越前にはちょっとまだ早いかな)


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