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□たまには青春でもしようじゃないか
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“浪速のスピードスター”と言えばこの学校で知らない者は居ないほどの有名人


「はい、忍足くんビリなのでドリンク運び手伝ってくださーい」
「嘘やろ!?」
「嘘じゃないです、ちなみに今日の部室一番乗りは財前くん」
「なんやと!?はぁー、これで三日連続やんか…浪速のスピードスターの名が廃るっちゅー話や…」


部室に来るのが一番遅かった人がマネージャーの手伝いをするというのが最近彼らの流行りのようで、この三日間私のお手伝いをしてくれているのは浪速のスピードスター忍足くん

ガックリと肩を落としているがこの事実は変わらないので早く着替えてドリンク運びを手伝って欲しい


「なまえお前不正しとらんやろな」
「言い訳は良いから早く運んで」
「なんでそんな冷たいん!?俺の事嫌いなんか」
「…………」


この言葉に何度心が折れそうになった事か

つい冷たく当たってしまうのは悪い癖だと分かってる、だけどつい、無意識に、気を抜けば思っている事、素直に言ってしまいそうで


「……黙ってれば格好良いのに」
「なまえまた悩んどるんか」
「だってアイツ誰とでも仲良いから、私なんかに好かれてもって感じだろうなーって」
「俺やったら大歓迎やけどな」
「白石ってたまに思ってもない事言うよね」


今日も元気にコートを駆け回る彼を見つめながら呟いた独り言は音もなく現れた部長が拾ってくれた

気付いた私が馬鹿だった、いつの間にか忍足謙也を好きになっていたというのを話したのは白石と小春だけ

正直謙也を好きになったのは間違いだと思ってる、と言うか勝ち目が無い

四天宝寺テニス部は校内でも折り紙つきのイケメン集団だしファンも多い

そのアイドルたちの一番になりたい女の子なんて掃いて捨てるほど居るし、その中の一人でしかない私なんて、テニス部のマネージャーになれただけラッキーだ


「その内刺されるかも」
「物騒やな」
「だいたい謙也は私の事女の子として見てないでしょ」
「まぁまぁ、なまえのペースで頑張ったら良ぇ、焦る事ないやろ」
「白石ってば優しいんだね、お礼にこれあげるね」
「お、なんやおおきに、って消しゴムは俺の趣味やないっちゅーねん!」


* * *


良い事は続かない、世の中甘くないなと身を以て実感している昼休み

三日も連続で謙也がビリだったのには裏があって、その真実は四日目に知った事だけど、小春がうっかりみんなに話してしまってそれならと私と謙也に内緒でマネージャー手伝いの件を実行していたらしい

私としては少しでも謙也と話す機会が増えたから嬉しかったけど、結局素直にありがとうと伝えられずに今に至ってしまっているし、その謙也くんは今まさにテニス部ファンの女の子と仲良さげにおしゃべりしている

そもそも私に勝ち目なんて、無かったんだ

私と喋ってる時は肩なんて叩かない、私とはそんな近くで喋らない、私、喋ってる時、そんな楽しそうな顔、見たことない


「お、なまえ丁度良ぇちょっと部室に用事あんねん、鍵貸してくれ」
「……どーぞ、終わったら白石にでも渡しといて」
「なまえちょお待ちや、何怒ってんねん」
「別に、怒ってない」
「いや絶対怒っとるやろ、あっどこ行くねん!」
「怒ってないってば!」


勝手に涙が溢れそうになるのを見られないように謙也に背を向けると腕を掴まれ、思わず大きな声を上げてしまった

昼休みの廊下は人が多くて視線が痛い

どうしよう頭が真っ白で、今すぐここから逃げたいのに、足がすくんで動かない


「…なまえちょっと来い」
「っ、謙也、離して!」
「良ぇから」


部室の鍵を持った私の掌ごと掴んで歩き出した謙也は少し怒っているみたいだ

さすがスピードスターは歩くのも早いんだな、なんてどこか他人事のように考えながら引っ張られ着いた先は放送室

彼の後ろでドアがパタリと閉じて、教室から離れたこの棟の廊下には人の気配はほとんど無く、静けさの中先に口を開いたのは謙也だった


「何怒ってんねん」
「だから怒ってないって」
「その言い方が怒っとる言うてんねん」
「だいたい謙也あの子と喋ってたんじゃないの」
「は?今それ関係無いやろ」
「随分楽しそうにしてたけど、あの子謙也の事好きなんじゃない?」


どうしてこの人の前じゃ素直になれないんだろう、私だってあの子みたいに可愛かったら、自然な笑顔になれたら、もっと自信もって話せるのに


「なんやそれ、どういう」
「謙也はさ、私の事マネージャーとしか思ってないかもしれないけど、それでも、私は謙也が好きだよ」
「……」
「ごめん、迷惑だよね、大丈夫部活ではちゃんと」


ボタンの沢山並んだ机に叩きつけられた手によって私の言葉は遮られ、少し動けば触れてしまいそうな距離、少し赤くなった謙也の顔、真剣な目が私を射抜いていて、動けない


「おいなまえ耳の穴かっぽじって良ぉ聞けよ、俺はな」


嫌だ、聞きたくない、その先を聞いてしまったらもう引き返せない、ずっと私だけが好きなままで満足だったのに


「俺が好きなんはみょうじなまえだけや!」


謙也は目の前にいるのに、なんだか声が遠くから聞こえたような気がして、だけど私の耳には好きだと、しっかり聞こえた

ん?遠くから聞こえた、というか廊下のスピーカーから聞こえたような


「………」
「なまえどないしたんや、そんなに俺の愛の告白が嬉しかったんか?」
「ねぇ謙也、私ちょっと怖い事言うけどちゃんと聞いてね」
「お、おん、なんや」
「………謙也の手、マイクのスイッチ触ってないかな」
「…………はあぁー!?嘘やろ!?」


遠くから聞こえたのは気のせいなんかじゃなくて、今謙也の手の下には校内放送のマイクのスイッチで、という事はさっきまでの会話は全部、全校生徒に丸聞こえだった訳で

やっぱり良い事なんて続かない

だけど、私の手に伝わる熱さも、先生に追い掛けられて一緒に走る廊下も、謙也が楽しそうに私に笑顔を見せてくれるなら、例え後で部長に怒られる放課後が待ってたとしても、それで良いんだ


「なまえ!」
「な、何!?と言うか謙也、速すぎ…!」
「絶対この手ぇ!離さへんからな!」


たまには青春でもしようじゃないか


(とりあえず二人共一週間部室掃除やな)
(ホンマ先輩らアホっすわ)
(私被害者なんですけど)
(連帯責任っちゅー話やなまえ)
(謙也はちょっと黙っとれ)

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