tennis
□そのリボンを解くのは、
1ページ/1ページ
毎年この季節になると学校中の女子たちはどこかそわそわとし始める
一年に一度、好きな人に思いの丈を伝える日
元はチョコレート会社の戦略であるがそんな事はもうみんな知っていて、その上でみんななけなしのお小遣いを叩いて準備をする
と、まぁそんな行事には縁もゆかりも無い私は今日も寂しくおひとり様でショッピングです
寂しくなんてないやい
「わー、人だらけ」
バレンタイン直前だというのをすっかり忘れていたのでたまたま来ていたショッピングモールのバレンタイン特設会場にぶち当たってしまった
「しくじった、戻ろ」
「おわっ」
「わっ、痛っ、なに!?」
「わりぃわり、おぅなんだ、みょうじじゃん」
「おいコラなんだじゃねぇだろこんにゃろ」
生憎本命チョコを渡す相手も居らず、友人に渡す所謂友チョコは手作りにすると決めていたから用事はないな、と来た道を戻ろうと振り返ると真正面から何者かがぶつかった
「怪我してねぇ?」
「そんなヤワに出来てないから」
「なら良いけどよぃ」
ぶつかってきたのは言わずと知れたスイーツ男子丸井ブン太
その手には買いものカゴと綺麗なラッピングがされたチョコレート
「丸井自分で買わなくたって貰えるのにわざわざ買うの?」
「いっつも手作りばっか貰うからこういうのは自分で買わねぇと食えねぇの」
「ふぅん、本当に甘い物好きなんだね」
「みょうじも買いに来たんだろ?早く選ばねぇと無くなるぜぃ」
ちょっと待って欲しいんたがたまたま女子がここに居ただけなのになぜチョコを買いに来たと決め付けるのか、そういうの良くないと思う
「別にチョコ買いに来た訳じゃないし」
「え、じゃあこんな所でなにしてんだよぃ」
「バレンタインなんて頭の片隅にも無かったからたまたまこっち来ちゃっただけ」
そう、本当にたまたま
バレンタインのバの字も無かった私は先刻ここに辿り着いて初めて来週が本番だと言う事に気が付いたのだ
「そして戻ろうと振り向いたらぶつかってきたのが丸井、お前だ」
「……悪ぃ」
「なんちゅう顔しての、じゃあね、糖尿病には気を付けろよ」
隣のクラスが調理実習で作ったお菓子はほぼ胃に収まり、鞄の中身は教科書の代わりにお菓子が入っているような奴だ、恐らくこのまま行けば将来は糖尿病まっしぐらだろう、ご愁傷様
チョコの香りが漂う特設会場を去ろうとする私の手を誰かが掴んだ
いや誰かと言ってもこの状況では一人しか居ないのだけれど
「じゃあさ、今選べよ、チョコ」
「は?だから私チョコあげる人なんて」
「いんだろぃ、ここにさ」
「……な、何それ、どういう意味」
俯きながら私の右手を両手でしっかり握っているのは紛れもなく丸井ブン太で、下を向いているから表情が伺えない
私が丸井のためにチョコを選ぶ、と言う事になるのかな、い、一体何を言っているんだこの男は
そもそもなんで好きでもない奴に、え、待ってつまりそれは、丸井は私からのチョコが欲しいって事だから、つまり、え、ちょっと待ってよ丸井その手離してよ手汗が、どっと出た気がする
「ま、丸井、あのさ」
「俺の言いたい事、分かった…?」
「っ、わ、分かった、けど、その、手、離して、ください」
チラリとこちらを伺う丸井の頬は少し赤くなっていた、けど多分、いや絶対私のほうが丸井より赤い顔してるはすだ
だって顔熱いし、手汗ヤバイし
「十四日まで、待っててよ、絶対」
そのリボンを解くのは、
(ほれ!お望みの!)
(………マジ?)
(要らないなら自分で)
(わー要る要る!あとさ)
(……何)
(みょうじの事、好き)
.